先日結婚式に招待され参列した。
ペットロスでなかなか立ち上がれないわが家族で
あるが、久しぶりに吹き飛ばす元気をもらった。
市街地にある結婚式場はアクセスが便利で会場そのものが機能的に良くできている。
リフトから降りてくるというサーカスまがいの演出は流石になかったが、十分に参列者に新鮮さを戴いた。
マルチメディアの時代らしく動画を使いながらそれぞれの成長を記録として伝えている。
映像(マンガ)世代に育った若者たちは、自分達の世界を物語風にうまく演出するものだと感心した。
50名くらいの参列者のうち若者でむせ返るような中に、“物語が進行”していったがふとこの場に
いる私が場違いではないかと感じたのである。
何時までも若いと自負している私だが”若さ”では
やはり勝てないのか。
この様なおめでたい式で私が立ち、今更“夫婦の心得”など説く必要もないと思いながら、
「僭越ですが・・・」とあいさつし始め「・・・これから二人三脚で歩まれることになりますが、私の好きなはなむけの言葉を送りたいと思います・・
・・・最後に一言“相手を想いやる心”。
家庭に職場に社会にこの言葉があれば何もいりません。
と言い終えた自分がその日は何故か
“浮いた世界”にいるように想えた。
空気を読むことが大切だろう。