一緒に考えましょう・・・

IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2011年8月6日土曜日

多重苦の日本経済

今週火曜日は飲みすぎた。飲みすぎても良い酒は残らないのだが、悪酔いしたようだ。折角の快晴の早朝だが、体が動かずジョギング中止。そういう日もあるさ。
そういう日は朝出勤してもなんとなくリズムに乗れない。朝軽い運動をするのとしないのとこんなに違うものだ。後半は出張が続き朝走れなかったので今朝久しぶりに仕事前に1時間くらい走った。玉のような汗が流れた。


日本をここまで落とし込んでいるのはなんだろう。
円が高騰している。アメリカが債務超過になる危険性は暫く回避できたがそれでも円が買われている。欧州の財政債務問題もあり、それらが円高基調の続く原因とされている。2007年6月から現在まで約4年間続いている米ドル安・円高トレンドに変化はない。
甚大な被害を出した東日本大震災、収束のめどが立たない原発事故は明らかな円安材料なのに、なぜ円安に進まないのかと多くの人が疑問に思っていることだろう。
一体どうなってゆくのか。今の国内経済は3.11以来先行き不透明なまま推移している。震災の影響が重くのしかかる日本経済にあって円高はありえないと思うのだが、まさに泣きっ面に蜂だ。政府の介入があり一旦は80円台まで戻したかのように見えたがまた高騰している。爆弾を抱えたまま我国経済は何処に進むのだろうと不安になる。
政府日銀介入ももっと早くやるべきだったし、国内政治の混乱は収まらず国際社会からは冷ややかに見られ、日米・日韓・日朝等外交懸案は遅遅として進まない。見透かされた韓国からは国会議員の入国を拒否されている。尋常ではない。ないないづくしの“多重苦”なのだ。”何とかしてくれ~”という悲鳴が聞こえてくる。
もう一つ円高の背景に”中国の円買い”といわれている。
欧州の財政不安の強まり、米国の景気や財政への懸念などでリスク回避マネーが円に流入して円高を形成していることは確かに大きな背景だが円高の主な原因の一つに”中国の存在”があるというのだ。
本来ならば日本から資金が逃げ出してもおかしくなく円安方向に力が働いている状況にある。
ところが、そうした円売りをすべて吸収しているのが”中国の円買い”といわれている。米ドル一辺倒で外貨準備を続けてきた中国がリスクを避けるため日本円を買い続けているのだ。中国は日本株と日本国債も買っており、保有残高は着実に増えているという。”共産国中国”の介入は不気味な気がするが、その心配は私の勉強不足の為であればいいのだが・・・。

2011年7月31日日曜日

食の安全をどう守るか。

早朝ジョギング中、セミの合唱の嵐をうけながら足元を見ると新しく誕生した生命と、その近くで一生を終えようとしているセミが道端で羽根をバタバタさせているのを見た。飛ぼうとするけれどすでに飛ぶ力を失っている。立ち止まってそっと木陰においてやった。“ご苦労様、ゆっくりおやすみ”。
セミの命は短い。幼虫としての地下生活は3-17年(アブラゼミは6年)と永いが、成虫はわずか1~2週間である。短い人生を精一杯謳歌し土に戻ってゆく。生き物の刹那を感じる。

                                

ブログで何度か“食の安全”について書いた。3年前にも日本中が大騒ぎした。中国製ギョーザによる中毒で、殺虫剤の混入が原因で吐き気や腹痛といった症状を訴えた人が600人以上発生した。人命に係る食の安全は過去にも幾度となくある。その度に(食の安全を)議論しそのときは改善されたかのように錯覚した。が実際には次々と起こるものである。事実買い物に行ってつい安いと買うことが多い。安くて安全が担保されればベストである。時々安全性に問題が多いとわかっていても買うこともある。私たち消費者は食の安全をどのようにして確保すればいいのだろう。
以前、中国製餃子事件で問われた食品の安全とは別の大きな問題が“日本の食の安全”にのしかかってきた。またまた“食の安全”が脅かされているのである。今回の問題は厄介である。“放射線被害”である。一筋縄ではいかない。
中国製餃子事件には日本の食糧自給率の低下の問題が内包していた。食料自給率(飼料自給率を含め)の低下は国の独立性をも危うくする問題を浮かび上がらせたのである。“安い”商品が日本市場に投下され(それ自身は歓迎されることだが)十分な安全が確保されていないことが結果大きなリスクを背負うこととなる。価格競争力を失った日本の農産物が排除され、結果“食料の自給率”が40%(カロリー換算)を切ってしまったということであった。
しかし今回の放射線被害は、“永く尾を引く”問題であろう。輸出もままならぬ“日本食品の安全性”が問われる結果となった。国内が混乱し当面海外からの輸入に頼るという事態になれば、日本の農業の存続にも係わる。
中国製餃子事件とは根の深さが違う。困ったものだ。
長期的視野に立ち真剣に農業・漁業問題に取り組む必要があるだろう。

2011年7月27日水曜日

中国新幹線事故に思う

23日夜、中国で列車事故が起こった。
ちょうど数日前のTV番組で中国の新幹線技術に関して問題定義されていたばかりだ。中国が登録申請している技術は海外提携先の技術だという意見と、中国側は国産純粋開発技術だと言い張る。川崎重工業から供与された技術を自らの開発技術だというのである。
そして純国産技術として海外特にアメリカに売り込んでいる。したたかなのはGEと提携することにより、特許技術を含め優位に事を進めようとしている。
結局そのTV番組も実りのない論争に終始していた。

その“純”国産技術だといわれている中国新幹線が重大事故を起こした。
なんとも皮肉なことか。
“箱が出来てもソフトが伴わない”列車運行システムが如何に危急事態に脆いかが証明されたようなものだ。
我々ソフトウェア業界でも“コンピュータはタダの箱“という言葉を最近よく使う。
Googleが推進しているAndroidTabletなど正に箱(ハードウェア)は統一仕様である。如何に安く作れるかが勝負で日本のメーカは東南アジアのメーカーとのコスト戦争を強いられることになる。ハードウェアには既に付加価値はないのである。それを使いこなすソフト(ノウハウ)が重要なのだ。

日本の新幹線運行技術は世界に冠たるものだ。何よりも安全性。東海道新幹線の開業が1964年と聞く。50年近くになるが一度も大事故にあっていない。これもすばらしいことだ。今更に日本の技術が高いと感心する。
“立派な入れもの”を作り、“純”国産だと言い張り、先を急いで完成させたにはそれなりの”お家事情”があるのだろうけれど、一夕一朝には事は進まぬ。

事故のあと車両は地中に埋められ”隠蔽”のそしりを受けた
そして悪いことは続くものだ。あの大事故を起こしながら、発生からわずか1日半での運転再開や、事故車両を埋めるといった対応については開いた口がふさがらない。
再発防止のための原因究明がなされないまま、隠蔽する中国政府の対応は正に今の“中国国家のひずみ”を象徴しているように思う。

何も焦ることはない。広大な中国大陸に安全な新幹線がくまなく走る時代が来ることは間違いない。海外の運行システムを真摯に受け入れ、自国の発展に寄与させてほしいと思うのである。

2011年7月24日日曜日

“アリとキリギリス”風、 土曜営業会議

土曜日の朝は会議があるので、ジョギングは40分のショートコース。
早朝といえ日差しはきつい。それにセミの声が耳を劈くばかりだ。
最近は虫の合唱も聞かれる。主にキリギリスだ。
「ギー!」「ギー!」「チョン!」と鳴く。
キリギリスには2大勢力があるらしく、ヒガシキリギリス(青森県~岡山県)とニシキリギリス(近畿地方~九州地方)の2種だそうだ。東と西に分かれているのが面白い。ひょっとして「関東かたぎ」と「関西かたぎ」があるのかもしれない。調べてみよう。
イソップ寓話に「アリとキリギリス」がある。元は『アリとセミ』だったがヨーロッパ北部ではあまりなじみが無い昆虫のため、翻訳過程で改編され日本に伝わった寓話は『アリとキリギリス』で広まっている。
夏の間、アリたちは冬の間の食料をためるために働き続け、キリギリスは歌を歌って遊び働かない。
やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするが、「夏には歌っていたんだから冬には踊ったらどうだ?」と断られ、キリギリスは餓死する。という筋書きだ。なお、それでは残酷だというので、アリが食べ物を分け与えるという話に改変される場合もあるらしい。

イソップ寓話”アリとキリギリス”懐かしい。

冒頭お話したとおり、弊社では土曜日の午前中営業会議をやっている。
永く続く伝統だ。大手から転職してきた幹部社員など違和感があるらしくなかなか馴染んでくれない。
我々中小企業の要は“営業”である。我々に与えられた時間は皆等しく同じだ。その中で企業が一歩先んじるためには“知恵”と同時に“時間軸”を上手く使うことだ。皆が働いている昼間は出来るだけ客先に出向き営業する。
夕刻以降の時間と、皆が休んでいるときを“有効活用”する。この積み重ねが気づかぬうちに“営業力”となっている。「アリとキリギリス」の寓話はそういうことかもしれない。
冬の時代(不況)が来たとき必ずこの努力の差が出てくるだろうと信じている。
だからといって決して“メリハリのない時間活用”を推奨しているのではない。
メリハリをつけて時間軸を上手く使い“遊び”にも熱心であるべきだと思っている。

2011年7月17日日曜日

沖縄と私

14日から沖縄出張にでた。15日、16日の朝は、例のごとくジョギングをした。出張先でのジョギングは景色が変わって面白い。色々コースを決めて朝、仕事前6時頃から1時間くらい走るわけだが、土曜日は早朝から3時間くらい走った。といっても走ったり、歩いたり無理をしないことが大切だ。セミの声が耳を劈(つんざ)くばかりである。
ジョギングコース、首里城の裏側の景色、観光パンフレッドとは違う目線で美しい。
ホテルから首里城を通って那覇市内に抜け波の上公園を通りホテルに戻った。途中懐かしい場所や変わっていない風景を見ながら、肌を通り過ぎる熱帯特有の生暖かさを感じた。早朝ではあるが既に灼熱の暑さ。汗が瀧のように出て水を補給しながら3ℓくらい飲んだ。人は熱中症を心配するが普段から走っていると自分のペースで走ったり歩いたりで上手く体をコントロールしている。
街中に咲いていた樹、何の木だろう。
若い頃那覇に住み沖縄の人情と親切に触れてからは、私にとっては“特別の土地”である。だからビジネスの規模は小さいけれど、世話になった沖縄に何とかビジネスで恩返しをしたいと思っている。
弊社の医療向けパッケージ“CEIA”が沖縄では売れていない。対象病院が 50施設くらいあるから20施設くらいは使っていただきたいと思っている。が私の想いと現地の代理店とのギャップが大きいなと今回出張して感じた。
システムを普及させるということは余程の“思い入れ”がなければならないのだろう。お客様と私共と代理店の3者がwin-winになるにはどうすれば良いのか、沖縄でのトライアルはまさに全国で普及させるための試金石として思っている。一度初心に戻って考えて見たい。
”いしがんとう”:T字路や三叉路などの突き当たりに石敢當を設け魔よけとしている。
14日の夜は30年来付き合っている外間健氏とも一献を傾けた。那覇時代お世話になった一人だ。IT業界での知り合いも含めて異業種仲間4人でよい酒だった。人との交遊を大切にした若い頃の思いは齢とともに薄れてくる。
当時は夜を明かして飲んだ仲間とも最近はせいぜい11時頃、シンデレラである。翌日まで影響するからだ。
いずれにしろ細くとも永く付き合えることは良いことだ。