一緒に考えましょう・・・

IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2016年1月1日金曜日

2016年元旦

箕面の山あい。澄んだ天空に真っ赤に燃えた初日の出。

2016年新春
明けましておめでとうございます。


元旦、日の出前に近くの丘に登り朝日を拝んだ。
今年はいつもよりお願い事が多い。
気合いを入れて早朝起きた甲斐があって澄んだ天空に真っ赤な太陽を拝むことが出来た。

元旦の早朝、人はまばらだが、今年一年の安全祈願をした。
丘を降りてから、近くの阿比太神社に初詣。
それから今年初のジョギングで一日が終わった。


さあ今年は“構造改革の年”だ。
今更に古い言葉ではあるが我社では古くて新しい。
若い世代との引き継ぎがテーマである。

さて国内に目を向けると、
昨年は政局の安定が進んだ結果、
良いこと・懸念されることが交叉する一年だった。
アベノミクスの経済効果が出始めた反面、
強引な政治手法が今後の社会に影響がなければ良いのだがとおもう。
社会は中庸であってほしいと願うのは私だけだろうか。

今年は消費税の問題、TPPの経済への影響、
マイナンバー制の立ち上げ等々課題山積だが楽しみの一年でもある。

昔ながらの地元の庄屋。国旗がはためいていた。

 皆様にとって明るいお正月を迎えられます様、お祈り申し上げます。。











2015年12月31日木曜日

富士山の顔 12か月

私の心を動かした富士山。12月29日、年の瀬の朝。
2か月余り、書くことが出来なかった。
書くことが好きな私の初めての経験だ。
仕事でも書きのこすことが多い毎日に
”少しは休みなさい”という事だろうか。
「ブログの更新」がストレスになり、でも
“どうしたの?”と問われると追いかけられる気持ちが走る。
その気持ちが吹切れたのは歳の瀬28日の東京出張。
翌早朝の新幹線で戻るとき車窓にそびえる富士山。

富士山の12か月、2015年12月29日
いつになく感動し夢中にシャッターを切った。
その瞬間から私に立ちはだかっていたモヤモヤが
すっと消えたのだ。

富士山の12か月、2015年11月30日
なぜか自然が語りかけたのだろう。
そういえば365日、毎日姿を変えながら輝いている自然。
そんな中で変化を楽しんでいる自分が居る事に気が付いたのかもしれない。
この一年、“富士の顔”を追っかけてみた。

富士山の12か月、2015年11月6日


富士山の12か月、2015年9月30日
歳の瀬。
月並みだが、あまりにもあっという間にこの一年が過ぎてしまった。
今日は眠りにつくときに個人的なできごとを振り返ってみよう。
良いことも、悪いこともあった。それをバランス良く呑みこんでしまう。
それが自称楽天家の“私”でもあるのだ。

富士山の12か月、2015年6月9日
皆さまは“今年の目標”は達成しましたか。
振り返るのには良い機会ですね。
“小さな一歩”で良いから前進でしたか?
最も頑張ったこと、頑張れなかったことは?
そして健康的に過ごせましたか?
“心もからだも健康”が何よりも宝。


富士山の12か月、2015年5月13日
こうして仕事、夢、健康、恋愛、人間関係など
今年一年無事に過ごせたことへの感謝の一言。
“ありがとう”また新しい年もよろしく。


富士山の12か月、2015年2月27日


富士山の12か月、2015年1月20日


富士山の12か月、2014年12月25日









2015年10月6日火曜日

不幸せだなと思った時


秋の花コスモス畑
今朝も6時ころから一時間ほどジョグした。
ひんやりとした風が肌を突き抜けるようだ。
すっかり秋だなと実感する。
いつもと変わらぬ朝の風景だが登場人物は替わっているのだろうな。
人汗かいてから出勤した。


そろそろ稲刈りが始まる。
人が「幸せ」を感じるメカニズムとは何だろう。
「幸福」の謎を解き明かせば、人類はより幸せになれるのだろうか。
究極の幸せは“争いのない社会”で平穏に過ごせることなのだろうが
世の中そう簡単にはいかない。

元々子供の喧嘩に親が口出しをし、それが家と家のいがみ合いに、果ては集落と集落の、そして宗教の問題に発展し、やがて武器による殺戮が起こる。
大国のいがみ合いにより引くに引けなくなりそれが戦争に発展するのだ。
そして今世界中で火種が暴発寸前なのだ。
根源が「幸せ」を求める結果だとしたらなんと愚かなのだろうと思うが、当事者は真剣なのが始末に悪い。

ジョギングの途中、ベンチで一休み

先進国中、幸福度が低いといわれる国のひとつ,
日本。
戦争もなく物質的に豊かな日本人が、なぜ十分な
幸福を感じられないのか?
幸福とはGDPそのものではないという事。
幸せとはお金の価値だけではないという事。
親切をすることで人と自分を結びつける。
幸福に不可欠なのは人をサポートすること。
心の支えは、家族、友人、地域、職場なのだ。


夏の名残の花

幸せのつくり方は“一日3つの感謝”をすること。
生んでくれた母親が今いればなんと幸せ。
想い出そう。“ありがとう”の気持ち。

各地で起こっている“いさかい”が鎮まってくれることを祈りながら。







2015年9月23日水曜日

老後破産

秋空。空気が澄んだ中、うろこ雲が。
シルバーウィーク。
ゴールデンウィークに対しての呼び名だそうだが
5連休久し振りにゆっくりした。
というより遅れている仕事を取り戻したという方が正しい。
5日連続でジョギングしたのも久しぶりだ。

そろそろカキの実も色づき始めた。

折しも21日は敬老の日。
社会福祉が行き届いたかに見える国で老後破産と
いう新たな悲劇が増えている。
その昔、年とった親を子供が介護するのが普通の
光景だった。

もうすぐ稲刈りのシーズンだ。

ころがその子供が甲斐性をなくし親の年金や生活保護をあてにして同居するケースが増えたという。
一つに非正規社員の増加だ。統計によると全体で
40%を超えている。
安定しない雇用が増えており、一つ間違えば失業
して親を頼るようになる。
所得減も要因の一つだ。
親を養うだけの生活が出来ない。
そして身を寄せ合って親子共倒れ。
こんな悲劇の話が聞こえるようになった。

先週咲いていたひょうたんの花に実が付いた。

定年を迎えてリタイヤしたら、穏やかに余生を過ごしたい・・・。ささやかな希望でさえ、高齢者世帯の実に半数近くが実現できていないという。
高齢者自身が、生活保護基準より低い収入で生活している「老後破産」状態にあるというのだ。
原因は色々だが①年金が生活費より少ない。
②医療費の増加。③子供の借金返済を負担。④定年後、住宅ローンが残っている等々。

“老後難民”にならぬよう“備えあれば憂いなし“である。
男性雇用者の給与は、1997年をピークに15年間下がり続け、2013年時点でも以前と比べればずっと低水準にとどまっているという。
河岸の茂みに、彼岸花が咲き誇る季節だ。

 社会人となったばかりのころには想像もしなかった大幅な収入ダウンによって「落ちていく」感覚。これが、日本の中流層の足元を脅かしているのだ。
他人ごとではない。






2015年9月8日火曜日

スローフード

近づく実りの秋

先週一週間、いつもより多めにジョギングした。
そして日曜日にジムで健康測定したら体脂肪が激減したではないか。
”努力すれば報われる”の健康番だ。
折も折、テレビで”ウォーク”は認知症防止になると聞いた。今週も頑張ろう!

空にはうろこ雲。ここにも秋。

1986年にイタリアのブラという片田舎からスタートした“スローフード”運動。
産業革命の旗印のもと、発展をし続けた20世紀は、機械を発明し、それを生活の基盤としてきた。
その結果、我々は、機械に使われながらどんどん
膨張していき、長く緩やかだった世界人口は増加を続けて、19世紀末から現在に至るまで「爆発」と呼べるほどのスピードで急増している。

河岸のすすきも秋の風情 

西暦0年頃に約1億人(推定)だった人口は、西暦1000年には約2億人(推定)、その後1900年には15億人にまで増え、産業革命以降、現在は65億人に迫る
勢いである。
その生活ライフも変わり“ファストフード”を食べることを強いる、”ファストライフ”というライフスタイルが世界中を席巻した。

畑には”カボチャの花”

スローフード協会は言う。
「我々人類は、いまこそ、種の絶滅の危機に突き
進むスピードから解き放たなければなりません。」
「このファストライフを効率と勘違いしている人々に対抗し、感性に訴える喜びとゆっくり持続するたのしみを保証することこそ人間らしい生き方なのだ。」と訴え“スローフード”の食卓から始めようと言っている。
その通りだ。
郷土の風味を再発見し、私たちの生活を退化させるような“ファストフード”の波を打ち止めようではないか。
その通りだ。

生産性の名の元に“ファストライフ”は、地球の環境と私たちを取り巻く景色を脅かしている。
その事にいち早く気づき、子供たちを守ってゆかねばならない。
米国アリス・ウォータースの提唱する「おいしい革命の9つの原則」がいまこそ必要なことだと思う。

栗の実はまだ固そう。

そんな折、私の知人片貝孝夫氏から以下のような
メールが届いた。
彼は永年IT業界に籍を置いているが、
今「GO!農プロジェクト」という運動をしている。
自然と接することの少ない都会の人にたまには田園地帯で仕事をしてもらおうという試みだ。
群馬県東吾妻郡にある彼の古民家を改装し都会で
働く人のサテライトオフィスをオープンしたという案内だ。
都会と地方の交流こそ大事だと思って立ち上げた
プロジェクト「GO!農プロジェクト」。
ご成功を祈る!