一緒に考えましょう・・・

IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2014年2月28日金曜日

結婚式


暖かくなって走りやすくなった今日この頃。

やっと暖かくなる気配を感じるこの頃だ。
河原の鳥たちも日向ぼっこに余念がない。


先日結婚式に招待され参列した。
ペットロスでなかなか立ち上がれないわが家族で
あるが、久しぶりに吹き飛ばす元気をもらった。

市街地にある結婚式場はアクセスが便利で会場そのものが機能的に良くできている。
リフトから降りてくるというサーカスまがいの演出は流石になかったが、十分に参列者に新鮮さを戴いた。
マルチメディアの時代らしく動画を使いながらそれぞれの成長を記録として伝えている。
映像(マンガ)世代に育った若者たちは、自分達の世界を物語風にうまく演出するものだと感心した。

50名くらいの参列者のうち若者でむせ返るような中に、“物語が進行”していったがふとこの場に
いる私が場違いではないかと感じたのである。
何時までも若いと自負している私だが”若さ”では
やはり勝てないのか。

この様なおめでたい式で私が立ち、今更“夫婦の心得”など説く必要もないと思いながら、
「僭越ですが・・・」とあいさつし始め「・・・これから二人三脚で歩まれることになりますが、私の好きなはなむけの言葉を送りたいと思います・・
・・・最後に一言“相手を想いやる心”。
家庭に職場に社会にこの言葉があれば何もいりません。
と言い終えた自分がその日は何故か
“浮いた世界”にいるように想えた。
空気を読むことが大切だろう。







2014年2月22日土曜日

ペットロス



ジョギングの途中お地蔵さんに”おはよう”

ランが亡くなって今日で丁度一カ月が過ぎた。
そろそろブログ再開!!
我儘ですみません。

寒い早朝日の出の太陽で少しは温まる心。

ペットを愛する家族の共通した想いは「ペットを愛する気持ち」。
いつでも近くにいてくれて、ずっとここにいてくれると思っていたのに別れは突然やってくる。
昨日まで元気だったのが・・・。
命に限りがあるのは分かっていても別れは悲しい。
「ペットロス」には個人差はあってもいつかは体験するもの。


家族を失えば悲しいのは当たり前。
こんな時には素直に悲しい想いを持つ事だろう。
悲しみから立ち直るには時間も必要だ。
永い間尾を引く人もあればすぐに立ち上がる人。
人それぞれだけれど自分の心に素直になることが
一番なのかなと思ったり。


時間が経つにしたがって良い思い出になってくれるように毎日を送っている。
今日も家に帰って“ただいま!”と言っている。







2014年1月30日木曜日

ビッグニュース


ビルに映し出された陽光が希望の光に見える

今週も前半は東京だった。
ホテルから眺める景色を見ながら東京にいる実感を味わっている。





今朝30日の新聞で第3の万能細胞を発見したというニュースが飛び込んだ。
理化学研究所の女性チームという。
京大山中教授の発見にも驚いたが、私にとって今回は意味合いが違った。
山中先生の開発は大学からの発信で世界中から注目されているが、
今回の発表には何故か非常に“親しみのある
距離”を感じたのだ。
何処にでもいそうな研究熱心な研究チームだからだ。
STAP細胞の仕組みを解明するのに相当の努力と、それを認めてもらうまでの道のりを考えると
気が遠くなり、ほとんどの人は諦めてしまう。
その情熱と面白い発想に共鳴して、先輩の先生方が後押ししてくれたことが勇気に繋がったのだろう。
そんな“小保方さん”は多分私のまわりにも沢山いるのだろうと思ったからだ
これから世界中の研究者がしのぎを削り、特許戦争に巻き込まれるだろう。
是非日本のチームが頑張ってくれることを想い、
エールを送りたい。

東京に向かっている新幹線から。違う顔の富士山。



私の付き合っているベンチャーで()メタボスクリーンという会社がある。
社長・関澤氏はまさにユニークな技術を持っているが“芽が出ない”。
弊社の医療部門と手を組んで是非成功させたいと
念じている。
良い技術を持っていてもなかなか世に認められデビューすることは至難の業である。

こういう技術こそ、これからも世の中を大きく変えていけばと夢を見ている。







2014年1月28日火曜日

ランとのお別れ

娘が書いた想い出の装束

何にしても“別れ”は辛いことが多い。
人は生まれてから、沢山の出会いがありその分別れがついてくる。
無常と言えばそうだが“人のさだめ”と思えば少しは気が楽になる。

土曜日は娘夫婦が東京から来てくれた。
お蔭で賑やかにランを送り出すことが出来た。
18年間のお礼をこめて、葬儀をして送り出して
やった。
これで残された家族の気持ち幾分和らいだ。

棺にはいり心の整理がついた。


人と同じく三途の川を六文銭で渡り49日を迎えるという。
川の向こうには、先に亡くなった“もも”がいると信じ、再会して仲良く楽しく過ごしてほしいと家族で祈った。

最後のお別れ”さようなら”

たかが”小さな命”。
他人さまから見れば何を大層な事を・・と思われるだろうが命の小ささではなくて心に占める16年間の愛情なのだ。
まっ、そんなことで大騒ぎが一段落して家の中は“もぬけのから”だ。

暫くはランのベットを置いておくことにする。





2014年1月24日金曜日

ないものねだり


ランの死んだ次の日。東京出張だ。心と別に富士が輝いていた。


幼少のころ随分母親を困らせたことを思い浮か
べる。
出来ないことを親父がいないことと結び付け(父親を早くに亡くした)、随分我儘を言ったと思う。
我儘をかなえるため母親が一生懸命父親の代わりをしていたのだと今更遅いが軽薄な自分を悔やむ。

冬の朝の富士は空気が澄んで気持ちいい。


私は三人娘に恵まれた。親としてできる限りのしてきたつもりだ。
がそれが良かったのだろうかと今思ったりすることもある。
当たり前の世界の外に、実はもっと教えておかなければならないことがあったのではと思うのだ。




その娘に長女が生まれた。初孫である。
娘はいま母親に感謝の気持ちをもって子育ての相談しているようだ。
あんな我儘な子がと思いながら嬉しく思う。

そんな時期、大切に育てた愛犬ランが死んだ。
妻のランへの可愛がりようは尋常ではなかった。
この空白をどうして埋めるのかと心配しているが、きっとその解決方法はもう出ているはずだ。

私は心の隙間は埋めきれていないが、当面仕事の忙しさにかまけるしかないのか。
今日も富士が輝いている。
 人生、こうやって“つじつま”を合わせて生きているのだろう。