一緒に考えましょう・・・

IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2011年3月13日日曜日

JASPA運営会議

日曜日の朝は快晴のジョギング日和だった。猪名川を下ってJR尼崎までの2時間半コースを走った。天気が良かったので今年初めてショートパンツにノースリーブ(スリーブレス)姿。暖かくて快適だった。途中「池田猪名川マラソン大会」が開催されており、地元ダイハツ、日本航空などなどのゼッケンをつけた大勢の社員さんがチームで競争していた。いよいよ春か。
社団法人「神戸外国倶楽部」

会場は明るいガラス張り
先週10日(木)はJASPA(全国ソフトウェア協同組合連合会)の運営会議が神戸で開催された。我々の協同組合(HISCO)がホスト役となり全国の協同組合から関係者30名ほどが集まった。
会場の「神戸外国倶楽部」の歴史は古く神戸開港の1869年に27名のイギリス人を中心とした外国人によって元町界隈に設立されたインターナショナルクラブにその起源を発し1955年にドイツ系のトア・ホテル跡地のトアロードに移転された。歴史ある倶楽部を使わせてもらい大変有意義であった。
JASPAの目的は色々だが何よりも中小ITベンダーの施策に対し国に進言してゆくことも重要な課題の一つである。
昨今のITベンダーの取り巻く環境は決してよいものではない。派遣法の改正により法令順守の流れは派遣形態を大きく変えてきた。また企業の機密保持の視点から請負契約から派遣契約への移行が進み、どれも技術者のモチベーションを下げる結果に繋がりかねない。問題山積である。このような問題も含めて今後どう取り組んでいくか、議論されなければならないとおもう。
一方大手ITベンダーにとっても海外から日本への進出ベンダーに向かい討って価格競争に勝たねばならない。これから大手の合従連衡が進むであろう。三菱と住友銀行が合併するくらいだから何が起こっても不思議ではない。
IT業界にとって大変な時代の来ることが想定される。グローバル化の進展は止められないであろうし我々自身も“身近の競合会社”はすでに敵ではなく、手を組んで“外からの敵”とどう戦うかそろそろ考えなければ、“大きな津波”が来たときには既に遅きに失する。
中小ITベンダーの合従連衡が秒読みになってくると考えるのは私だけだろうか。
1970年 地方の中小スーパマーケット岡田屋(三重県)、フタギ(姫路)、シロ(吹田)の3社が提携し、共同出資で共同仕入れ会社「ジャスコ」を設立し、大手「ダイエー」に対抗した。そして2001年には社名を「イオン」に変更し、その後数々の合併を経て一大スーパーセンターへと変貌を遂げた歴史は、我々に何かを暗示している。

2011年3月11日金曜日

IT技術の進化と経営

さむ~い朝。9日はフォーラムを主催、打ち上げがあって帰宅が遅くなり早朝のジョギングは中止。外に出るとうっすら雪化粧、もう3月10日というのにどういうことだろう。ゆっくりとらんと散歩した。“お座敷犬”で育てたので、寒さに弱く用を足したらさっさと帰りたがる。困ったものだ。
梅に花も雪化粧
我々HISCO(ハイテクノロジー・ソフトウェア協同組合)主催の「第7回IT経営改革フォーラム」を開催し150名もの熱心なITベンダーが集まった。テーマは“新しい情報デバイスの可能性を探る”で、いまホットな“Andloid”が中心。我々IT業界ではいま大きな地殻変動が起こっている。Google社がアップル社のI-OS(I-POD)に対抗してフリーOS(LINUX)を基軸に新しいコンセプトのAndloidを提唱したことに端を発している。
その後、Googleの”Andloidを搭載する携帯端末が世界中のメーカーから続々と発売になった。皆さんも携帯端末のTVコマーシャル等でAndloidの言葉は聞いたことがあるだろう。実は水面下で我々IT企業を巻き込んだ一大戦争が勃発しているのだ。ちなみにソフトバンクはしたたかに両方の陣営を取り込み様子見である。

熱心に聞き入るITベンダー
満員の会場
我々IT企業は常に新しい技術に取り組まねばならない宿命を背負っているが、反面時代の変化に余り振り回されないようにしなければ果実を見失うことにもなりかねない。機敏性を求められる場合もあるわけで、ここは大きな転換期であろうと思う。時代の流れを見失わず踊らされず冷静に長期戦略を練る必要があるだろう。IT企業経営者にとっては決断のときである。地殻変動が一過性のものなのか、このくらいのマーケットサイズになるのか、果てまたこの変化の“どの切り口”にビジネスチャンスが隠されているのか、興味津々である。




2011年3月6日日曜日

啓蟄(けいちつ)

今朝は天気が良いうちにと猪名川沿いを走ってJR尼崎まで行った。2時間半ほどのコースだが河川敷通りには少しずつ春の臭いが漂う。途中バードウォッチングの仲間が写真を取ったり望遠鏡で見入ったりで楽しそうだった。お昼は尼崎駅前の蕎麦屋さんでザル蕎麦を食べてJR福知山線で川西まで戻った。
バードウォッチングのツアー達
きょう3月6日は二十四節気の一つ啓蟄(けいちつ)。冬ごもりしていた生き物たちが地上に這い出す頃を指すそうだ。きょうは比較的暖かかったので、生き物たちもちょこちょこ地面から顔を出しているかも知れない。そんな気持ちで走っていると芝生を走るときなど踏んでしまわないかと思ったりする。枯れ草の中に一輪草花の花が咲いていた。生き物にしても、草花にしても敏感に季節を感じ取っているようで不思議だ。
枯れ草の間に”春”
二十四節気は古代中国の文化なので、地域や時代などの違いから日本の季節感と合致しないところがある。日本気象協会では二十四節気を、現代の日本で親しみを感じる季節の言葉に置き換えた「日本版二十四節気~新しい季節のことば~」を検討しているそうだ。それにしても”啓蟄”とはいい響きだ。

2011年3月5日土曜日

犬インフルエンザ発症!

201X年12月Xデー。
大阪北摂の住宅街“箕面市”で“犬インフルエンザが発症”、周辺地域の犬の移動が禁止された。恐ろしい夢が現実に・・・。
「いよいよ来たか。いずれこの日が来ると心配していたが現実となった。」
「この先我々イヌ族はどうなるのだろう。」「私達ネコ族にも矛先が向けられるわね。特にネコ族は野畑に飼い放されているし、最初に捕まって火祭りにされるわ。怖い怖い。」そんな会話が続く。
犬猫のペット数はいまや15歳未満の子供人口より多い2500万匹が飼育されている。ペットは家族なのである。その家族が犬インフルエンザにかかったらそれこそ家中パニックである。保健所の係官が来て無理やりオリに入れて連れ去られる姿を見れば卒倒しかねない。



犬インフルエンザはH3N8亜型のようなA型インフルエンザウイルスのいくつかの亜型を原因とし、2004年に報告された。
イヌはこのウイルスに以前に曝露したことがないためにこれに対する自然免疫を持たない。それゆえ、個体間に急激に伝播する。犬インフルエンザはいくつかの地域のイヌの集団に一定の罹患率で、または一定の季節的周期で繰り返される。その地域内で流行するため地方性流行とも略される。
しかし今度の事件は、その変種が発症したらしい。
厚労省では、半径10Km以内の犬猫の移動を禁止し集団焼却が議論されている。絶対に家族である犬たちにそんなことはさせない。許さない。
緊急に愛犬家の代表と犬達の代表が会合し今後の対策を検討しなければ犠牲者が増える。そして抗体を作るため、国を挙げて予防接種の開発を優先させなければ大変なことになる・・・。
そう思いつつ“うとうと”から目覚めた。横でらんがいびきをかいて寝ている。
平和だ。

2011年3月1日火曜日

勝者と敗者

今朝はまた寒さがぶり返している。とは言え真冬の寒さではない。
こういう時期に出張すると着るものに迷う。出張中に暑くならないか、東京は暖かいのではないかとか色々考えて定まらない。
こんなときは朝の気象予報を信じて出かけるようにしている。最近の予報はかなり精度が高い。余り番狂わせがないのだ。というわけでコートとマフラー姿で東京出張となった。

まだ枯れ草の中から少し顔を覗かした”草花”
全日本ラグビー選手権を見た。名門三洋とサントリーの一戦だ。
ラグビーの日本一を決める第48回日本選手権は27日、快晴の東京・秩父宮ラグビー場で決勝が行われ、三洋電機が37―20で負け4連覇を逃したが、
この試合は三洋に勝ってほしかった。
実は4月からパナソニックの完全子会社となるため「SANYO」チーム名では今大会が最後になる可能性が高いからだ。
過去ビジネスでは、三洋電機と松下電器はよきライバルであった。
我々がITビジネスを創業して過去30年、関西でのよきお客様であり、我々を育ててくれたと思っている。それぞれの本社も近く、門真と守口にありよく出向いたものだった。
松下幸之助の義弟で松下電器産業(現・パナソニック)の創業にもかかわり同社の専務取締役であった井植歳男が、自転車用発電ランプの製造権と加西市にある松下電工(現・パナソニック電工)北条工場を譲り受け、個人事業「三洋電機製作所」を創業したと聞いている。
ある意味合併すべきしてなったと思えるがビジネスの社会では飲まれるほうの悲哀は幾ばくかと思う。4月には組織変更が行われ人事面でも白黒が付けられることになるだろう。世界に勝つためには合従連衡も必要なことであるが、それぞれの持ち味が残されていくことを期待したい。
リチウムイオン電池はじめ太陽光エネルギー等、三洋は電池に強い。
これらを成長産業と見据えて、今まで携わってきた人たちも共に繁栄できる企業文化を是非残してほしいと思う。ハイブリッド製品の影で働かせていただく私達もである。
時代はもう戻らないが三洋ラガーマンも「SANYO」ブランドで最後の試合を勝ちたかった・・・きっとそんな思いで戦ったのではないかと思う。
ご苦労様でした三洋ラガーマン!!