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IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2011年10月26日水曜日

秋祭り


お米の収穫も終わり、そろそろ秋祭り。先週23日、日曜日は午前中晴れたのでいつもの通りジョギングに出かけた。つい数週間前はジョギングの途中、運動会やらスポーツイベントの風景があったが今は秋祭り真っ盛りの様子。


”子ども神輿のお通りだ”。地域のコミュニケーションはここから始まる。

そもそも秋祭りは主に農村地帯で収穫を感謝するお祭りだから丁度稲刈りの終わったこの時期に集中しているのだろう。私の住む大阪の北摂地帯も古くは一面田畑が広がる農村地帯だったと聞いている。そこここに神社が多くありそれぞれの地域で神輿を担いで街を練り歩いている光景にぶつかる。
宮中の伝統的な行事に2月の“祈年祭(きねん)”を春祭り11月の“新嘗祭(にいなめ)”を秋祭りと呼ぶ。
祈年祭(としごいのまつり)は、毎年2月に行われ、一年の五穀豊穣などを祈る神道祭祀である。一般に11月の新嘗祭と対になる祭祀とされているが、皇室祭祀令においては祈年祭は小祭、新嘗祭は大祭と規定されていた。戦後になってからは国家的祭祀としての性格は消え、宮中では天皇家の私的な祭祀として執り行われ、他の神社でも通常の祭祀の一つとして斎行している。

新嘗祭(にいなめのまつり)は収穫祭にあたるもので、11月23天皇五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また自らもこれを食してその年の収穫に感謝する行事が執り行われる。
新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされて、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となった。現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っているそうだ。



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