一緒に考えましょう・・・

IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2012年8月31日金曜日

永田町用語“近メシ”

日曜日のジョギング中、青空に映えたピンクの花。何の花??
永田町では“近メシ(ちかめし)”という言葉があるそうだ。
議員同士挨拶代わりに使う言葉だ。
“近いうちに食事でもしようよ”ということは
ふつう我々の世界では1~2週間以内を指す。
永田町での“近いうち”は期限のない反故にしても良い約束らしい。

「近いうちに信を問う」が話題となっている。
野田総理が自民党谷垣総裁との会談の中で解散時期に触れた場面。
当初は、解散時期について、「しかるべき時」、そして会談前には「近い将来」、会談後の会見では、「近いうちに」と変わった。
では“近いうちに”とはいつなのか?曖昧さがふつうにまかり通るのが政治の世界なのかと思うとウンザリする。
我々がお客様との約束で、“近いうちに納品させていただきます”と言えばどうだろう。
もう二度と注文はくれないだろう。

先日某衆議院議員の“政権フォーラム2012”に参加した。次代を担う理論派の先生だ。
そこで“近メシ”が例え話で話題になった。
9月解散説がズルズルと延びて今は11月中旬説がささやかれている。
ひょっとしたら来年の任期満了まで居座るのかもしれない。野田総理の“あいまい表現”がこうした憶測を呼ぶのである。

”政権フォーラム”の後、立ち寄った新橋のお店で焼酎”島流し”が印象的。
もう国民は今の政治に辟易している。
我々は“素晴らしい政治”に期待し政権交代をさせた。
今、その崇高なマニフェストがすべて反故にされて涼しい顔をしている。
裏切られたと思ってももう遅い。もう二度と投票すまい。そう思うだけだ。
いったい「近いうちに」とは具体的にいつを意味するのか、
そもそも、この表現は、永田町でだけ通用する“永田町用語”なのだろう。
一般常識が通じないみたいだ。
だからこのことに目くじらを立ててもしょうがない。
あきらめの境地のなかで、早く”テレビ”から姿を消してほしい。そう思っている。

2012年8月23日木曜日

今なぜアブダビ?

アラブ首長国連邦(UAE)

中東の原油国UAE(アラブ首長国連邦)など私にとっては、まったく縁がなかった。
娘が学生時代中近東に旅した時などは、危険な国として反対したものだった。
帰国した娘は多くは語らなかったけれど何かを得て帰ってきたのだろう。その後就職して海外勤務をしているところを見ると海外での仕事に思い入れがあったのだろうと思う。
ところで、中東の国“UAE”と縁ができて私自身
いま“アブダビのコンサルタント”からアブダビ訪問を勧められている。
無論“仕事で”であるが、それまでは中東湾岸諸国の名前すら覚えきれなくてひとくくりで“中近東”と呼んでいたが、にわかに興味がわいてきて今一生懸命勉強している。
浅学であるが、中東の中でもUAEは治安が良く7つの王国からなる連合国ということである。
アラビア海峡を挟んで東にはイラン・パキスタン・アフガニスタンがありここは係争が絶えない地域である。
北にはサウジアラビア・イラクがある。ここもまさに政争の地である。“
これら地域に挟まれたUAEが安定した経済成長を遂げているのは奇跡だといえる。
1960年代に原油が発掘されたのが契機に、傑出した指導者ザーイド首長がその後繁栄社会を創っていった。
湧き出る資金力を背景に、社会制度を充実させ、
国民は“無税”の“連合国家”を創った。
今後100年間湧き出る原油を背景に一日25億円というお金が国庫に入ってくる。
その繁栄している間に将来のエネルギー源として“ソーラーパワー”を砂漠に敷き詰めようというのだ。
「不毛の砂漠の大地を宝の山とする」という正に壮大な
プロジェクトに挑戦し始めた。
こんなアラブ事情を知るにつけ私にとって今まで“遠い国”であったUAEが身近に思えるようになった。

今回も“人の縁”が“縁”を呼び“縁の輪”ができて
ビジネスモデルが生まれようとしている。
今更に“縁”の“不思議な力”を感じるのである。
私など“人の縁”なくして存在できない人種である。
これからも“人の縁を大切にしてゆきたいとおもう。

2012年8月19日日曜日

“土”にかえる


短い人生の最後を”アスファルトの上で。そっと土に戻してやる優しさが・・・・

暑い夏、10日間のブログ休日。お盆休みやら、休みを利用して普段会えない人との出逢いなど、それでも忙しい10日だった。
ゆっくり休んだわけではないが、その間“どうしたの?”との励ましに、別に変ったことがあった訳ではなく、今日からまた“勝手なブログ”を書かせていただきます。
昨日(18日土曜日)は凄い雷。
経営会議中、突然真っ暗になった大阪の空、荒れ狂う雷の音に何事かと思ったけれど、そのあとニュースを見て長居公園でたくさんの方が被害を受けたと聞いて自然災害の怖さを改めて知った。
私にとって“地震・雷・火事・親父”何が怖いといっても雷ほど怖いものはない。
ジョギング中、遠くで光ると何をさておいて安全な建物を探して避難するタイプである。
弊社に在籍する“山岳登山の女性”の神経など理解できるはずがないのだ。
高山での雷など防ぎようがないのだ。でも行く。これが理解できない。
今回ジョギング中の中学生が雷に打たれて死亡した。
改めて雷の怖さを知った訳だ。

河原に赤とんぼの群れが、目を楽しませてくれるひと時だ。

今日週が明けて日曜日。
河岸を走るのを止めて緑地公園コースを選んだ。
暑い!!炎天下。
わざわざこんな日にと思うが、結構風もあって持久戦にもってこいだ。
今日は一日天気は安定しているということなので緑地公園を超えて神崎川まで足をのばし神崎川を登った。
途中“セミ”がアスファルトの上で死んでいる。
短い蝉の人生を、精一杯全うして“アスファルトの上”だ。
かわいそうになり木の木陰に移してやった。
都会は既にアスファルトの砂漠。
そこで私たちを楽しませてくれる季節の使者。
彼らの死に場所がアスファルトなのだ。
我々生き物は“土”に帰る。
毎朝元気な蝉の声を聞いて”私の中に元気をもらっている”セミの“最後”を見ていて何か切なさを感じた。

2012年8月9日木曜日

視界が変ると世界が変る

雲の上の夏山”富士山”

視界(見る広がり)によって物の見え方が違う。
当たり前のことである。
機内から富士山を見たとき、ふっとそんなことを感じ
視野が広がるのを体感した。
今までも何度か美しい富士山を新幹線から撮り続けている。
出会うたびに違う姿に飽きることはないのである。

私は普段空路で移動しても通路側の席をとることが多い。
これは単に降りるとき便利なだけが理由だった。
今回たまたま窓側に座りぼんやりと外を眺めていると眼下に“隆たる”富士山の姿が広がり思わずカメラを向けた。こんなに美しく見える日は珍しい。

日本列島の真ん中にドカッと腰を据え。
日本の真ん中にドカッと座り込み、雲の上にそびえたつ富士はまた格別だ。
今年の夏富士は一部の沢に筋状の雪が残っているが頂上まで雪がない。
雪解けの夏山に多くの登山愛好家たちが今年も登っているのだろう。
この美しい稜線。やはり富士山は日本一の山だ。


手前に広がる駿河湾、この間を新幹線が走る。

目線を変えて物事を見ると想像の世界が広がる実感は以前、NHKの宇宙ステーションからの中継番組を見て感動したことがある。
地球上では断片的に見えるオーロラ現象が宇宙空間から見ると見事に帯状に繋がっているのだ。
 大所高所に立つという言葉があるが“大所高所”に立って見れば同じことが違って見えることがあるということなのだ。
神様がいたとしたらこういう視線で私たちを見ているのかもしれない。
先祖が星の中に住んでいるとしたらこういう視線で私たちを見透かしているかもしれない。
そんな不思議な思いを巡らしていた。

 機上(宇宙)から、下界(地球)を見下ろしていると、視野が変わって“営み”や“争いごと”がいかに些細なことに見えてくるのが不思議でもある。

会議を進行するうえでも時々見方を変えて角度を変えて見つめなおし、人の意見を”聞く耳”が肝要だと思う。

2012年8月5日日曜日

季節の移いを“目と耳”から

夏空にはやはり”ひまわり”がおさまる。
都会の中にもこんな情景があったのかと心が安らぐひと時がある。
日曜日は風もありやや曇りがちの天気だったのでジョギンギもそれほど辛くなかった。
服部公園まで行き帰りには箕面の滝まで足をのばした。
今日は見聞きした情景を綴ってみようと思う。
少し早めに家を出てひたすら服部公園まで。
途中畑の隅にヒマワリがわが世の春と謳歌している。
真っ青な空と黄色が何とも心を輝かせる。
家にすっこんでいては、このような“宝”には出くわさない。

服部公園の池には今が盛りの”ハス”の華麗な姿。
服部公園に着くと沢山の人がバーベキューとか散歩とかそれぞれ思い思いのスタイルで夏のひとときを楽しんでいる。
池に浮かんだ蓮がきれいだ。
今が盛りなのだろう。見入ってしまった。
まわりの緑とうまく溶け込んで貴婦人のようで目を奪われてしまう。
いつもはこのあと神崎川の河原を走るのだが、今日は公園から箕面の滝のほうへ折り返すことにした。
途中坂道が多いのでゆっくりとウォーキングしたりジョギングしたり。
右翼の街宣車ががなり立てて走っている光景を横目に箕面市街に入った。


市街地の街路樹では時々見かけるのだが、スズメの大群が樹の中でひしめき合って合唱している。昼のさなか井戸端会議にしては大群だ。
ときどき見かける風景だが、この習慣何かご存知ですか??
何をしているのか興味津々だ。帰って調べてみようと思った。


やがて箕面の山を登り滝に近づくと蝉の主役が替わる。“ひぐらし”だ。
ちょっとした気温の変化で下界は“クマゼミ”なのにうまく棲み分けている。
そういえば“関東のセミ”も関西のクマゼミと違って“ミンミン”ゼミの様だ。
品川のホテルの近くでは都会の喧騒とは違いこの時期、蝉の声が響き渡っている。

夏の箕面の滝も秋とは違う風情だ。
箕面の滝まで登って”夏の滝”を記念撮影。
紅葉の頃の滝とは違い悠々さを感じながら帰路に就いた。

2012年8月2日木曜日

ジョギングと熱中症


ジョギング中、小動物を大切にしようと親子づれの”体験勉強会”風景
先週は久しぶりに3日連続の早朝ジョギングであった。
この季節早くから日が昇るのでもう7時ころになると焼けつくような暑さになる。
しっかりとペットボトルをサイドポーチに入れ、欠かさず水分補給が必須だ。
毎日のように熱中症にかかって死亡している記事を見聞きすると気持ちがやや引いてしまうけれど自分なりの注意事項を守って“無理をしない”“疲れたら休む”“木陰のある道を選ぶ”等々守りながらジョギングする。
今日もお客様とお話ししていて、どうしてそこまでして走るのかの話題になった。
ほかのスポーツと違って勝ち負けとかの結果が出るわけでない。変化もない。“どうして?”って言われる。
その彼はテニスをやっている。テニスの面白さは競い合うことにもある。
その話を聞いて、改めて走ることの楽しみってなんだろうと思って考えてみた。
まず“お金がかからない”その通りである。しかし凝り始めると特別のシューズ、ちょっとおしゃれなトレーニングウェア等々結構かかるのである。
次に“マイペース”で走れる。
(格好よく言えばマラソンは)“自分との闘い”だがそれよりも自分の体調に合わせて速くもあり遅くもあり、長くも短くも自分のペースで無理をしないで走れる良さがある。
また“季節の移ろい”を目と皮膚で感じる快感は何とも言いようがない。
聞こえてくる音も心に響く。
鳥の声、虫の鳴き声、風の音。すべてが六感に響く。
これがジョギング(ウォ-キング)する人の特権だ。
そう思って走るのだ。
とは言いながら、熱中症には十分気を付けながら、自分流で走るように心がけねばならないのは言うまでもない。

ところで以前熱中症がこれほどには話題にならなかった。
暑さも異常である。
自然環境の変化が忍び寄っているのかもしれない。
が何よりも私たちの生活環境の変化が人間の“本来の機能”が退化していく過程ではないかと思ったりする。
事実冷房もない時代があり夏は暑く冬は寒い四季のなかで、人体は順応してきた。
現代は快適な社会を築くが故に温度の変化に順応する“人間本来の機能”が退化しているのではないかという気がしてならない。これを進化というのか退化というのかわからないが。