一緒に考えましょう・・・

IT総合プロデューサーの小幡忠信です。日常目にして、耳にして感じた社会での出来事や話題・疑問について、ITだけの枠にこだわらず多岐に渡る分野において意見や感想など発信していきたいと思います。

2011年12月31日土曜日

時の流れに掉させて


愛犬”らん”もお正月支度。リボンをつけてもらった!!

お正月が来て、春が来て桜を待ち望んでいたら、梅雨が来て、暑い夏が続いて、気が付いたら秋も過ぎ、まさに冬。季節の移ろいはなんと早いこと。
今年も“オオラス”(麻雀用語で最後の最後)。もう数時間で今年も終わり。この一年振り返る余裕もなく“いま紅白を見ている”けれど皆さんは如何に??一年色々ありましたね。来年は今年をバネにきっと良いことが続くと思う。そう思うと元気が湧いてくる。
今年もたくさんの仲間が増え来年はどんな生活が始まるのだろう。きっと仲間の輪が広がり若い人に囲まれいろんな“恋”をするかもしれない。そんな予感の来年。
仕事も好き。人も好き。ワイガヤも好き。そんな中からビジネスの芽が出てくるかもしれない。
わくわくドキドキ新しい年を楽しく。
今までに増してよろしく!!良いお年を!!

2011年12月30日金曜日

会社は休みに入ったが・・・・

末の忙しいときにモバイルPCの調子が悪くとうとう新旧交代となった。それでなくても忙しいのにまったく仕事にならないのと、データの移行がスムーズにゆかない。
そこはIT企業の良いところというか助っ人が周りにいるので何とか年内には元通りの環境になりそうだ。
が、お蔭でまったく年賀状に手が付けられていないのだ。残り一日どれだけリカバリーできるだろうか。
道具として当たり前のように使っているがイザ使えなくなったらこれほど大変だと気が付く。
如何にリスク管理ができていないかいまさらに反省しきりである。

福岡駅が改装され駅が街となった。年末のイルミネーションがきれい。

JAL日航ホテルでは大きな凧が掲げられてすっかりお正月。

今年最後の出張は福岡となった。
今週始めに福岡県との“Rubyビジネス”の連携を模索して打ち合わせを行った。すでに先行している福岡県の協力を仰ぎながら来年早々から本格的に活動したいと思っている。大阪と福岡の人柄を比較すると面白い。どちらも関西(西と東に分ければ西)気質があって東京とは違う。
お互い気が張らずに溶け込みやすいのだ。(と私はそう感じる)がビジネスとなると大阪はよくも悪くも“計算高い”と言われる。福岡人は少し違うのだろう。“計算”よりも“親切”が先にくる。事実お店に行っても親切に対応してくれる。それに食べるものが“安い”。“うまい”。住みやすい街として断然“福岡”を推奨する。

2011年12月25日日曜日

Rubyビジネス推進協議会


ここ数日は晴天が続き多くの人がジョギングしている風景がそこここで見られた。今更にすごいブームだと思う。
スタイルも色々だ。防寒スタイルの人、流行のタイツスタイル、短パンでランニングスタイルの人もいる。本格的だ。
今日(日曜日)は10時頃から2時間猪名川の河原を走った。風が冷たく手が凍えそうに冷たかったがそれも最初だけ。肌から汗が染み出てくる。心地よい。途中親子連れが差し出した餌をついばむ水鳥は人との距離を数十センチまで近寄ってくる。自然を肌に感じながらシャッターを押した。こんな自然に包まれている幸せを感じる一瞬である。

陽光を浴びて羽根を広げる水鳥

すぐ足元まで近づく鳥達は人間を優しい仲間とでも思っているよう。

先週の金曜日は、念願の“Rubyビジネス推進協議会”の発足会を開催した。20数名が集まって無事スタートが切れてほっとしている。
我々の協同組合HISCOのフォーラムでRuby言語開発者“まつもとゆきひろ氏”と出会って一年余り。
関西のIT中小ベンダーの先行き不透明な中、新しい取り組みで変革せねばとの思いが“Ruby”との接点となった。その間Rubyの拠点島根県にも行き、福岡県の取り組みも視察し近畿経済産業局のバックアップを貰いここまでこぎ着けたことは感無量の思いである。
まっ、そうは言ってもまだスタート台に立ったばかりである。組織を纏めて行く難しさはこれからなのだ。一歩一歩着実に進んでゆきたいと思っている。
年の瀬の忙しい中多くの人の協力があって産声を上げた“ルビ協”。
関西のITにとって何がしの礎になればと思っている。

2011年12月18日日曜日

生活空間を取り戻す


今年もあと残すところ2週間、やり残していることが山積しているので気持ちばかりが焦るのは私だけだろうか。
連日の会議、会合、忘年会で一年間に交換した名刺は数百枚に達する。今年こそは早めにと年賀状を書く手はずをとっても結局先送りになってしまう。
新しい事業年度になってからは、資金計画を立てて銀行との話し合いをしなければならない。
この忙しい最中、“Rubyビジネス推進協議会”を立ち上げることとなった。今週22日はその発足日だ。準備もしなければならない。気持ちはパニック状態だがそうは言っても例年何とかやりくりしている。
今年もドタバタでお正月を迎えることになりそうだ。

今朝は特に寒い猪名川の河岸、”鷺”が羽根を休めている。

このところの休日は家の中の大掃除に明け暮れている。
お陰でジョギング以外はジムにも行く時間がない。
”1、2年の間一度も使っていないものは捨てるに限る”と思うのだが我が家は違う。何年もの間一度も使った事もないものが家の中に所狭しと場所を占有している。
よしんば数年に一度使うものに広い生活空間を占拠されているのだ。
狭くなった空間で細くなって生活している光景は他人から見たら愉快であろう。
一気に”物”を捨てるというのは家族との軋轢(あつれき)があって中々そうもいかない。
一計を案じて一箇所から始めることとした。
まず二階の8畳の間から始めている。
出てくるは出てくるは“ガラクタの山”まるでごみ屋敷である。もう成人して結婚適齢の娘の園児の頃の玩具まであるではないか。実に20数年我が家でともに生活していたのだ。ことさように“ごみ達”にとっては我家の居心地が良いらしい。
“ものおきや“という商売がはやっている。
“スペースを時間で買う”という商売が成り立つのもこうした人種がいるからだろう。
今日も2時間ほどのジョギングを終えて一日中片づけに明け暮れた。終わって足腰が痛いが心地よい疲れでもある。少しずつ“人間らしい生活”が出来るのではないかと期待感があるからだ。今夜は早く寝ることにしよう。

2011年12月15日木曜日

“国民総幸福量”

今朝自宅から駅までの間1kmほどを電車に間に合うため走った。もう少し余裕を持って出かければよいのにと思う。
暫く会っていない愛犬“らん”が玄関口まで追っかけてくるので、ついつい散歩に連れてゆきギリギリになってしまった。慌てるとろくな事はない。途中つまずいて危うくひっくり返りそうになったが、そこは日頃ジョギングの成果だろう。しっかり体勢を立て直すことが出来、大事に至らなかった。
“急いてはことを仕損じる”師走だからといって急ぐことはない。気をつけよう。
最近の”らん”。これから寒くなると布団に潜り込んでくる寒がり屋。

“日本の高度成長”はもうすでに“死語”となってしまった。我々は高度成長時代豊かさを享受してきたが、発展途上国の成長、ヨーロッパ諸国の経済破綻、アメリカの債務超過危機、円高の錘。これらが一気に津波のごとく押し寄せている。
一体この先どうなるのだろうという不安に駆られているなか、「幸福量」という言葉を知った。
先日ブータン国王と王妃が新婚早々日本を訪問されたのだ。普段経済交流が少ない国であるが、日本中にあっという間に知れ渡ることになった。「幸福量」という言葉を運んでくれたのである。
1972年、弱冠16歳という若さで即位した国王のもと、ヒマラヤの秘境ブータン王国が「国民総幸福量」という価値観を国是として最重要視、世界の中で異例ともいえるこのヴィジョンに真剣に取り組んだ結果、今日また新たにブータン王国が世界から注目され始めている。
国民総生産 (Gross National Product, GNP) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである。現在、ブータン政府は国民総幸福量の増加を政策の中心としている。
総人口70万人足らずの農業国で、起伏の激しい国土の総面積は九州程度である。ヒマラヤの雪解け水が豊富に供給され水不足の心配はなく、農業に適している。また、森林面積も国土の7割まで拡大し、自然環境保護にも努め、自然と人間の共存を目指しているそうだ。
「国民総幸福量」では、“経済成長自体が国家の目標であってはならない。目標はただひとつ、国民の幸せに尽きる。経済成長は幸せを求めるために必要な数多い手段のうちのひとつでしかない。そして、富の増加が幸福に直接つながると考えるのは間違いである。“とある。
つまり、全てにおいてまずは人間中心の政策をとっているのである。
こころの豊かさに重点を置き、それを追求し、30年経過した今、年率平均7%前後の高度経済成長を持続させている。
近代化を進めてひた走った我々にとって考えさせられる政策である。




2011年12月11日日曜日

流行語“きずな”


師走に入って何か秒針が早く進んでいるようだ。せかせかと進んでいく。一週間あっという間に過ぎ、今週もスケジュールが詰まっている。ブログの原稿は移動中の車中で書いたり土日に書くようにしているがこれから年賀状書きとかいつもの月と違う時間も増えてくるので気持ちが焦る。先週は一度も走れなかったのでこのブログを書いてから走ることとした。
畑では年末恒例の”葉ボタン”栽培。正月になると門松などに飾られる。

年の瀬になると、経済・社会・政治など色んな分野で一年間の総括が行われる。私達は振り返って明日への思いを募らせるのだ。
2011年ユーキャン流行語大賞”というのを先日ネットで見た。「今年発生した“ことば”のなかで、軽妙に世相を衝いた表現とニュアンスをもって、広くにぎわせた新語・流行語を選び“ことば”に深くかかわった人物・団体を顕彰するもの」とあった。
ノミネートされた言葉には“3.11”に関係する言葉が多かった。“なでしこジャパン”もある意味震災でダメージを受けた日本に元気を与えたという意味合いが大きいであろう。“帰宅難民”もあった。
私はなかでも“絆(きずな)”が好きだ。何も流行語ではない。常日頃私達は心の中でこの言葉と“同居”している。3.11の目を覆わんばかりの被害。そこから立ち上がろうとする人々、そして何とか力になりたいと想う人々。その象徴となる言葉が絆(きずな)”である。
漢字辞典によると、馬の足にからめて縛る紐。転じて、人と人の間の切ってもきれない固いつながりという意味だ。
最近社会面の紙上に目を覆いたくなる事件も多い。家族だけでなく社会全体が“絆”で結ばれれば残忍な事件ももっと少なくなるのだろうに。

2011年12月3日土曜日

人に“わかりやすく”伝える方法


昨日9日は夕刻京都に出向いた。観光客でごった返していたが今週末にかけて京都の高雄“もみじ”が見頃のようだ。修学旅行生も大勢居る。賑やかな京都は活気があってよい。
最近平日はジョギングする時間が取れなかったので今朝は久しぶりに走った。土日だけが楽しみだ。土曜日は10時半から会議なので朝少し余裕を持って走れる。
早朝の箕面はまだ客足も少なく気持ちが良い坂道が続く。箕面の“もみじ”は少し紅葉には早いようだ。
来週ぐらいが見頃だろう。


来週が見頃”箕面の紅葉”
我々仕事をするうえで、プロジェクターを使って説明することが多い。
マイクロソフト社の“パワーポイント”はプレゼンテーション用のソフトであるがこれを使いこなすことが営業の必須能力である。起承転結を明確にし全体像をビジュアルに纏め上げる能力が問われるのである。
先日朝日新聞の紙面で下図が目に飛び込んだ。
一見何の変哲もない“アジア太平洋の経済連携”の枠組みであった。が私にとっては頭の中の整理が一気に出来たのである。と同時にアメリカのアジア政策、中国との覇権争い、日本との連携。これらがこの一枚の表で一気に整理されたのである。
複雑に絡んだ国家間の枠組みとその背景にある思惑をプレゼンテーション資料として、いかに判り易く一目瞭然と理解させるかが非常に重要なのである。


最近アジア太平洋の経済連携の話がメディアで報道されている。ASEAN(東南アジア諸国連合)の略称で、東南アジア10ヶ国の経済・社会・政治・安全保障・文化での地域協力機である。一方TPPは“環太平洋戦略的経済連携協定”の事を指しアメリカ主導の戦略が見え隠れしている。アジアの急激な発展にアメリカがアジア外交を強化し推し進めている。中国との覇権争いとも見られている。この図をじっと眺めていると何かが見えてきた気がしている。

2011年11月26日土曜日

“こちら”立てれば“あちら”が立たない

朝晩はめっきり寒くなった。
この週末は箕面のもみじも紅葉が見ごろかなと思い、先日の祝日久しぶりに瀧まで走ってみた。

まだ紅葉はまばら光景、12月初旬が見ごろかも。

面白いもので沢山の観光客を縫って走っているといつものジョギングメンバーと出くわし親しみを持って挨拶を交わす。走っているもの同士は仲間意識が強く“同じ穴のむじな”だ。何のことはないのだけれどこれがまた励みになる。瀧に近づくほどに紅葉が目に入るところだが、残念ながらまだまばらであった。もし紅葉狩りに出かけるのなら、見ごろは12月初旬までお預けだと思う。

山道のところどころは綺麗な紅葉が見られた。
“片方立てれば、片方立たない“ということが良くある。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も然りだ。
一般的に工業製品について関税撤廃は望ましいと経済界は賛成している。
一方農産物になると様相が変わり農業関係者は反対している。元々日本の農業は工業製品と違い圧倒的に小規模農家が多い。広大な土地を背景に大規模農業のアメリカ等との生産規模が違うのだ。片方は機械化が進み、片方では棚田に象徴される小規模手作業農業だ。
競争力がないから安い農産物を海外から買えばいいという考えもある。しかしこと”食料“となればそれだけの理由で物事解決できないのである。それでなくても日本の食糧の自給率(カロリーベース)は平成22年度には39%まで落ち込んでいる。米も100%をきっている。これが進めば危急時の食料が確保出来ず日本の安全を脅かされないとも限らない。
輸入が途絶えれば自給率の低下の結果たちまち我々は食うに困るのである。

我が国の食料自給率(カロリーベース)は先進国の中で最低の水準
安全基準も違う。遺伝子組み換え食品の安全性基準は日米で大きな差がある。牛肉の問題(BSE牛海綿状脳症)も然りである。たちまち開放を迫ってくるだろう。
私には結論は見えないが、こういうときに曖昧な解決方法を模索するのが日本人特有の解決方法なのかもしれない。がTPPに参加するならば”是々非々“で毅然と対処せねばならないと思う。その覚悟が出来ているのか。

2011年11月20日日曜日

自由経済圏の混乱と「PIIGS」諸国

今日、日曜日は久しぶりに快晴の天高く澄んだ青空が続いた。ジョギングコースで秋を探しながら神崎川の中流まで出かけた。まだ多くの秋は見つけられなかったけれど川では水鳥たちが元気に飛び回っていた。
神崎川で遊ぶ水鳥、久しぶりの秋晴れ。

来週くらいから箕面のもみじも色づいてくるだろう。
既に“もみじまつり”の横断幕が駅前に張られている。
帰路箕面駅に立ち寄ったが、沢山の人手だった。
服部緑地にも秋が。


欧州が揺れている。ユーロ圏の金融危機である。
元々はギリシャの財政問題に端を発する局地的な金融不安が、南欧ユーロ圏欧州と広域に連鎖し、世界経済を揺さぶり続けている。
これまで経済基盤の脆弱性を指摘されてきた一部のユーロ圏諸国の事情とも複雑に絡んだ火種として燻ぶる。
一部のユーロ圏諸国「PIIGS諸国」とはポルトガル(P)、アイルランド(I)、イタリア(I)、ギリシャ(G)、スペイン(S)のことで特に経済基盤の脆弱性が顕著である。
欧州債券市場でこれらの国の国債が売り込まれその結果価格が下がると金利が上がるため、悪循環となり、ギリシャ、イタリア、スペインと軒並み財政運営が難しくなる「危険水域」年7%に近づいてきた。
そもそも各国で事情が違う中、EU通貨を一本化することに無理があるのかもしれない。そんな見直し論が出てきてもおかしくない状況になりつつある。

日本も対岸の火ではないことを先日のブログでも書いた。欧州・アメリカの財政危機。中国でささやかれている土地バブル崩壊の危機。これらが連鎖的に同時的に起こる可能性が世界経済の爆弾として仕掛けられているのである。
日本は円高に苦しめられているが、それでも我々は他人事のように日常生活を送っている。私は時々夜も寝れない不安に襲われることがある。1990年日本経済を襲ったバブル崩壊がよみがえってくるのである。あれから20年、やっと光が見えたかのように思えたのもつかの間かもしれないのだ。一度受けた洗礼。これを経験に知恵を絞って生き残り策を考えてゆこうと思う。

2011年11月16日水曜日

レナウンに思うこと


今週は東京出張だ。
東に移動するにつれ気が重い。色んな想いが交叉するからだ。
東京の住居を引き払ってからはホテル住まいだが、それはそれで不便なところもある。
まず早朝のジョギングの着替えがないので結局走れない。大きな荷物を持って出張するわけにはゆかないからだ。
今日は国交省に行った帰りに有楽町まで歩いた。
途中日比谷公園を横切って行ったが、昼間は主婦がランチしている。日本の男性諸氏はせっせと働いているのに優雅なものだと思う。


アパレル企業のレナウンが中国企業“山東如意”に買収され日本の社員が苦労しているのを10/24日のNHKで知った。
2010年、一株120円で第三者割り当てを行いレナウンの41%の株式を取得し筆頭株主になったのだ。買収金額40億円である
レナウンは1960年代より、若い女性向け衣料品メーカーとして人気を博した。CMソング「レナウン娘」と「イエイエ」で馴染みの、「ワンサカ娘」の曲といえば50歳代以上の人には記憶がよみがえってくるだろう。ポップなファッショナブルさと女性を全面的に押し出した内容であった。男性にとっては「ダーバン」ブランドがかっこよく、アラン・ドロンTVCMに起用し人気を博したものだ。
2010年、買収された「山東如意」に対し、北畑社長はこんなことを言っている。
 「山東如意はすぐれた会社で運営は日本側に任されている。子会社化との報道があるが、上下関係のないパートナーシップ。成長市場に打って出て企業価値を上げることが株主への回答につながる」
 ところが現実はそう甘くはなかったと報道は伝える。甘い!
 山東如意の会長・邱亜夫氏はレナウンに対しいきなり“渇”をいれた。
 「我々が筆頭株主であることを忘れるな。今後は我々の指示に従ってもらう!」
 「日本は何もかもが遅い。もっとスピードを上げろ!」
 「日本人はまず、自分自身を変えろ!」
 そうなのだ。経営など日本に任せられるわけもなく、明確な上下関係があり、企業価値よりも売上げ至上主義のグローバリズムの最前線に引っ張りだされたのだ。
既に優秀な社員は去り、株価は下がり基調である。凋落してゆく企業とはこのようなものだ。中国側はレナウンの培ってきたノウハウを最大限に吸収し、骨と皮になったレナウンを市場に裸で放り出す算段だろう。
名門レナウン、前例のない一部上場企業の買収劇は“たったの40億円”である。この位のお金が出せる日本企業はワンサカあるだろうに・・・。どこかおかしい。
 恐ろしい現実をテレビで見るにつけ多くの企業は“明日はわが身”と身震いしたに違いない。グローバリゼーションの波に乗るために経営者は企業の将来像をしっかり見据え海外企業との競争に勝ってゆかねばならない。
業績悪化に苦しむレナウンのような老舗が対象になる例も増えそうだ。
教訓、
1、スピード感 2、危機感 3、変化に対応する機敏性
これが今日本の企業に求められているのだ。


2011年11月12日土曜日

暑い大阪の合戦

今週は九州方面に出張した。
長崎のお客さんへの提案と、JASPA運営委員会 http://jaspanet.or.jp/ への出席だ。
我々が運営している協同組合HISCO九州支部 http://www.hisco.jp/ の主催だったので万障繰り合わせで出向いた。
JASPA運営会議の風景。各地からIT協同組合の代表が集まってくる。

久しぶりに博多に泊まったが変わりようにびっくりした。博多駅の変貌振り。ずいぶん長い期間工事中で住民にとっては不便を強いられていたが見事に変身した姿に驚いた。地元の方の話を聞くと駅周辺の整備のお陰で、人の流れが変わり福岡の繁華街天神の客筋が奪われかねない勢いのようだ。
そういえば大阪もそうだ。駅前の開発が進み駅周辺の混雑振りは想像を遥かに上まっている。名古屋も然りである。東京駅も然りである。そう考えるとJRの戦略がひょっとして各地で大きな波乱を生んでいるのかもしれない。
朝食のバイキング。サラダ中心の健康食!
長期の出張にはジョギング用品を持っていくが今回は生憎雨模様で走れたのは初日10日の朝だけだったが、走ってさわやかな気分を維持できた。


大阪市長選の戦いの舞台。中ノ島河岸にある”大阪市役所”(後方白い建物)。
大阪が騒がしい。大阪府・大阪市の同時選挙が告示された。いつもになく全国的にも注目される選挙である。
大阪といえばお笑い。選挙にも過去タレント議員が誕生したりタレントが首長になったりで政治文化の低さを揶揄された。その卑近な例では横山ノックである。
うんざりしていたが今回の選挙は様子が違う。
橋下徹知事率いる維新の会と既成政党の戦いである。
橋下知事が市長候補として平松現市長と真っ向から戦うという構図である。市民がどちらを選ぶかは非常に興味のあるところである。私の個人的な見解は差し控えるとして、大阪も政治的に不毛ではないぞ!という意味では大いに議論して大阪発文化の高さを示してほしいと思う。

2011年11月6日日曜日

キックオフ

土曜日、会社は休みだけれど10時半から午前中にかけて営業会議をやるのが定例になっている。
営業に期待するところが大なのでお客様の休日にゆっくり戦略会議をする習慣だ。
賛否両論だが20数年基本的に欠かしたことがない。
午後から雨の予報なので出勤まで1時間ほど走った。途中ぱらぱらと降ってきたけれど濡れることはなくシャワーを浴びていつもの通り出勤した。

大阪のキックオフ。会議室をぶち抜いて立食。

東京のキックオフ。大阪と雰囲気が違う。

10月から東京に転勤。ご苦労様。

10月から会社の新年度が始まった。年度初めの”キックオフ”はわが社の恒例行事である。
日本メカトロン http://www.n-mec.com/ のキックオフは早々と10月はじめに行いブログでも紹介した。
アルカディア http://www.arc-mec.com/ は10月後半に大阪と東京でそれぞれ行われ今期の抱負を各事業責任者から発表してもらった。
今期は25周年という一つの節目。
”不況何処吹く風”とばかりの計画数値を経営幹部が発表し勢いを感じた。幹部のこの気持ちを最後まで維持し続けて25周年を目標達成の美酒で分かち合いたいものだ。
それにしてもヨーロッパでの各国の動きには目が離せない。ギリシャのみならずイタリアもIMFの監視下に入った。予断が許されない世界情勢だが、影響を最小限に止める知恵をG20がその役割として果たしてほしいと祈っている。
世界で今起こっている出来事はわが社の業績にも大きく影響されることを考えると”対岸の火”で済まされないのである。注視したい。

2011年11月3日木曜日

”柴田トヨさん”のこと


先週30日(日曜日)はHISCO(協同組合) http://www.hisco.jp/index.html 主催のBBQ(バーベキュー大会)を予定していたが何故かその日だけが雨日和になって中止となった。
“雨おとこ”は誰だと犯人探しをしている。
大阪南港にある会場まで箕面からジョギングスタイルで出かけたが中止の連絡が入り途中で打ち切った。私にとっては最長距離であったが残念。

東京事業所の近く”北の丸公園”は秋の陽射しが差し込み静寂さに包まれている。


平成21年、一冊の詩集を買った。
柴田トヨ著“くじけないで”。
今年100歳を迎えた“詩人柴田トヨ”である。といっても90歳を過ぎてからの初版である。人生の重みをさりげなく表現していることに感動と勇気を与えられた。
先日100歳を迎えられたという記事を読んで本棚にしまってあったその本を取り出しアタッシュケースに入れて出勤している。出張の道すがら時折開けて無造作にペ-ジをめくると、そこここに日常的な自分が詩の中にいることに気づく。
トヨさんも、きっと長い人生で色々な経験をされたのだろう。それが詩となって人に共感を与えているのだ。
父の顔・ぬくもりも知らないで母の愛だけを一杯受けて育った私とどこか二重写しに思えるのである。親に何一つ恩返しできなかった私は、生涯ずっとそのことを思いつつ、人への優しさが何かを受け継いでいかねばと今更に思うのである。
柴田トヨさんの詩集のなかに“くじけないで”という詩がある。それをご披露しておく。
  「くじけないで」
     ねえ不幸だなんて
     溜息をつかないで
     
     陽射しやそよ風は
     えこひいきしない
     
     夢は
     平等に見られるのよ
     
     私辛いことが
     あったけれど
     生きていてよかった
     
     あなたもくじけずに

2011年10月26日水曜日

秋祭り


お米の収穫も終わり、そろそろ秋祭り。先週23日、日曜日は午前中晴れたのでいつもの通りジョギングに出かけた。つい数週間前はジョギングの途中、運動会やらスポーツイベントの風景があったが今は秋祭り真っ盛りの様子。


”子ども神輿のお通りだ”。地域のコミュニケーションはここから始まる。

そもそも秋祭りは主に農村地帯で収穫を感謝するお祭りだから丁度稲刈りの終わったこの時期に集中しているのだろう。私の住む大阪の北摂地帯も古くは一面田畑が広がる農村地帯だったと聞いている。そこここに神社が多くありそれぞれの地域で神輿を担いで街を練り歩いている光景にぶつかる。
宮中の伝統的な行事に2月の“祈年祭(きねん)”を春祭り11月の“新嘗祭(にいなめ)”を秋祭りと呼ぶ。
祈年祭(としごいのまつり)は、毎年2月に行われ、一年の五穀豊穣などを祈る神道祭祀である。一般に11月の新嘗祭と対になる祭祀とされているが、皇室祭祀令においては祈年祭は小祭、新嘗祭は大祭と規定されていた。戦後になってからは国家的祭祀としての性格は消え、宮中では天皇家の私的な祭祀として執り行われ、他の神社でも通常の祭祀の一つとして斎行している。

新嘗祭(にいなめのまつり)は収穫祭にあたるもので、11月23天皇五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また自らもこれを食してその年の収穫に感謝する行事が執り行われる。
新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされて、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となった。現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っているそうだ。



2011年10月22日土曜日

実りの秋

いよいよ実りの秋真っ盛り。
スーパマーケットには秋の収穫“梨・りんご・栗”等が
所狭しと並んでいる。折もちょうど運動会シーズン。
この前の日曜日はコースを変えて山麓コースをジョギング、あちこちで歓声と競技ピストルの音が聞こえていた。
暫く走って休憩がてら小学校の運動会に立ち寄り暫く見入った。子どもたちの元気な声を聞きながら、わが子の活躍をビデオに撮っている風景は昔と変わらない。
が、ビデオが小さくなっているのには驚いた。手のひらに入るほどである。
各種のUSBメモリ”256GB”の容量が入るとは驚きだ。
IT技術と物の進化には驚くものがある。実際USBメモリー容量(記憶媒体)は2000年ごろ16MB(メガバイト)だったのが最近は256GB(ギガバイト)と格段とデッカクなっている。たかだか数センチの大きさのメモリーがである。進化が小型化に拍車をかけている現実を見た思いであった。
校庭にテントが張られ万国旗がはためいている光景を遠めに見ながら幼い頃の光景がタイムスリップして脳裏をかすめた。
自宅近くの収穫風景。これから収穫祭の始まりだ。
これから秋祭りのシーズンである。各地の神社では収穫祭と銘打って祭りが繰り広げられている。
実りといえば”東北”。米どころを持つ東北の人はこの秋の豊作を祝うどころではないだろう事を思うと心が痛む。楽しい風景を見るにつけよぎってくる思いである。
もう7ヶ月を過ぎた。時の経過につれ絶望から復興への力が沸いてくることを私は阪神大震災で経験した。
神戸の実家が半壊し結局取り壊しの決断もした。
しかしその決断が新しいスタートへの始まりだった。
東北は違う。放射線の影響が長い年月に亘って影響を及ぼすものではないかと言う不安から開放できないのである。半年一年で人の気持ちは落ち着いたとしても重くのしかかる不安。改めて私が出来ることの小ささを感じる。
”脱原発”の思いを募らせながら無力感が私を襲ってくる。

2011年10月15日土曜日

万物のいのち


ブログ用のカメラが故障したのでドック入り。暫くは携帯画像でアップします。


この間3冠レースを制覇した競走馬のシンボリルドルフが余生を送っていた牧場で30歳の生涯を閉じた。  http://www.retsuden.com/rudolf04-02.html 1980年代に私達を熱狂させた馬でライバルを寄せ付けない強さから
「皇帝」のニックネームが付けられていた。

種牡馬引退後のシンボリルドルフ。
地球上の万物(生き物)には寿命がある。セミにいたっては7年近く地中で幼虫生活を送り地上に出て1週間である。その間に子孫を残し静かに土に戻ってゆく。
愛犬らんは今15歳。18歳で長寿だといわれている。
切ないがやがて別れが来るのだろう。人の命は様々だ。
高齢化社会が進んでいるが100歳にして聖路加病院の
理事長であり現役医師である日野原先生の記事があった。長寿の秘訣はなんだろうと興味を持って読んだ。
起床は毎朝6時半、就寝は早くても深夜。
移動中の新幹線でも原稿用紙にペンを走らせる。「激務こそ健康、そして元気のもと」といっている。意外だった。「若さを保つ奥の手は、おしゃれ」とも言う。まったく同感である。“恋”をするのもいいかもしれない。「人生には無駄な出来事は一つもなく、天からの贈り物に満ちている。100歳は関所であってゴールではない。」まったくすごいというほかない。健康を管理し維持することが大変なことと思いがちだが、先生のお話をお聞きすると納得することが一つある。どんなに努力しても寿命だけは制御できない。天命を待つしかないのだ。大切なことは一日一日を大切に生きるということではないだろうか。
ちなみに10年手帳を愛用されていて9年先までの予定が書かれているという。
まさに“青春とは心の様相を言うのである。”という言葉を地でいっている。

2011年10月6日木曜日

大先輩との絆

稲穂がたわわに実っている早朝。いよいよ今週末くらいが稲刈りのピークを迎えるようだ。
見ると電線上のスズメが、畑に降りて実りを食べる機会をうかがっている。大群だ。ものすごい鳴き声だ。農家の人が追っ払うため畑に突っ立っている。必死だろう、そのはず収穫に大打撃だからだ。
最近はスズメも賢くなって案山子(カカシ)程度では効き目がないらしい。お百姓さんもご苦労様である。


ジョギング中の”田んぼのカカシ”。余り効果もないようだ。
私が大手メーカに就職し配属されたのが油圧機器システムの販売部門だった。
社会人として無垢な“新入社員”の私を指導、教育してくれた先輩の一人がいる。
後に私が事業を始めるため会社を辞めた時、暫くして退社され二年ほどアドバイザーとして当社を支えていただいた大先輩である。
その方、M氏とは今もご縁がありお付き合いいただいている。今は独立されて押しも押されもしないオイルコンタミネーションの輸入商社である。
いや単なる商社ではなく“メーカ”としての脱皮を図られており大活躍されている。
乳呑児だった息子T氏も今や立派な後継者として会社を仕切っている。ほほえましい限りだ。



久しぶりに ”らん” 登場。いつも一緒に寝ている。
人生は物語である。人には色々な出会いの機会があるがそれを生かすも殺すも本人次第だ。
気心を知り相手への気遣いがそのことを決定する。
私の上司M氏は、当時事業部長で後に社長になったI氏とはそりが合わなかった。私もである。ある意味共通のライバルが私達の縁を強くしてくれたのかもしれない。
先輩M氏は最近しみじみ話される。
“もしあの頃妥協していたら今のM氏はないだろう”と。
ものごとは受け止めようである。今のM氏があるのは、“あのI氏が居たから会社を辞める決断がついた”その結果M氏は本領を発揮し大成功した。
そう考えれば“ひょっとしてI氏はM氏の恩人ではないか??”と思う。
兎も角も先輩!これからも良い先輩として永きお付き合いをお願いします。

2011年10月2日日曜日

アメリカハナミズキの”辛い想い出”


今朝ジョギングの途中で“金木犀”の香りが漂ってきた。秋(10月)になったんだなと思いながら走っていると、
どこそことなく稲刈り機の音が遠くから近くから聞こえてくる。空気も一段と冷えこんだ朝。音・風・香り・三拍子揃っていよいよ秋である。
小農家では”家族総出で稲刈り”

人は花を通じて色々な想い出を持つことがある。母親が生前こよなく愛した“コスモス”も私には想い出の花だ。
10月30日が命日だがその頃コスモスが咲き乱れる。それを摘み取って墓前にささげるのを毎年恒例にしている。
これから”コスモス”が野草のように咲き乱れる。母の思い出だ。


メカトロン http://www.n-mec.com/ と
兄弟会社アルカディア http://www.arc-mec.com/
は共に10月1日新年度を迎えた。兄貴は30年、弟は25年である。よく頑張れたものだと自らを褒めてやりたい。皆社員の努力からここまでこれたのだと感謝している。
1日(土)に恒例の“キックオフミーティング”をした。若い人達も入社しこれからは“第2創業”の始まりだ。

30年の間日本経済は余りにも多くの試練が重なった。
一番大きな試練は1990年の“バブル崩壊”である。
この時は日本の土地が暴落し株は紙切れになった。
金融に踊らされ自宅を購入したが私も正にピークの値段で購入した。お陰で未だに荷物を背負っている。
その後も世界的経済危機が何度も訪れ今日に至っている。
直近ではギリシャに端を発したEUの債務超過国問題、
アメリカの債務超過。大きな爆弾を抱えながらそれでも日本丸は帆を進めている。明るい世界を夢見ながら・・・。


神戸技術センター”想い出の花アメリカハナミズキ”
バブルピークの1988年、神戸に技術センターを竣工させた。その想い出は“アメリカハナミズキ”にある。
間取り設計を皆で膝突き合わせてやった。そのとき敷地の周囲に植えたのが“アメリカハナミズキ”。
20年の年月が経ち毎年ピンク色の花びらを付けていた。
しかしその神戸技術センターの役割も終え神戸事業所を神戸市和田岬に移転した。
そもそもヒューレットパッカード
http://welcome.hp.com/country/jp/ja/companyinfo/ の神戸竣工にあわせ隣接地に事業をスタートさせたが、HPが神戸から撤退したのを契機に和田岬に移転したのだ。
“アメリカハナミズキ”はそんな辛い別れの想い出が残る。
誰しも花には暖かい想い出、辛い想い出、励ましの想い出がたくさん詰まっているだろう。誰もが経験する想い出には、必ず“花”と“音楽”があるのも不思議だ。“音・風・香り”を肌で感ずるたびにそう思う。

2011年9月30日金曜日

”宇宙の渚”

先日ジムで健康チェックをしたら内臓脂肪が多くてメタボ寸前!これにはいささかショックであった。週3回ぐらい朝ジョギングをし、日曜日にはジムに通うという模範生がこのザマである。
朝昼の食事にも気を遣いどんなに健康生活しても“夜の飲食”が帳消しにしているのでしょう。反省・反省。
ジョギング途中の川で亀と鯉の競泳、”めずらしい!!”
先日NHKスペシャル「宇宙の渚」 http://www.nhk.or.jp/space/nagisa/ をみて感激した。
「国際宇宙ステーション」から宇宙飛行士吉川聡さんが生中継で宇宙から見た地球の映像を送ってきたのである。
まず驚いたのは宇宙ステーションが地球から400kmの距離にあるという事実。私はもっともっと宇宙のかなたを想定していたのだが、
東京から名古屋までの距離と同じであることを知った。やがて我々人類が乗車券を買い“宇宙ステーション駅”まで観光に行くことが本当にすぐそこまで来ているのだなという感がしたのである。
次に驚いたのは、日本のハイビジョン技術がすばらしいものであるということ。400kmはなれた宇宙から地球の映像を送ってきたわけだがその鮮明さと精密さに圧倒された。
私達は地球儀を眺めながら世界のいろいろな出来事を想像してきたわけだが、今まさに起こっている世界の動きがリアルタイムに見えるのである。
雲の合間から各地で起こっている気象現象。稲妻があちこちで走り、オーロラがものすごい絵図で変化してゆく姿。我々が見る映像は地上から見上げるオーロラであった。それが天空から見下ろして見えるのである。まさに連続した絵巻のようであった。
そのはず、オーロラは地上250kmで起こる現象らしい。従って宇宙ステーションから見ると“見下ろした角度”から見えるのである。
圧巻であったのは自然現象だけではない。
この地球上に棲む生き物が武器を持ちあちこちで諍いを起こし血を流している様も手にとるように見える距離である。
幼い頃母親が“亡くなった父は天からあなたを見守ってくれているんだよ”と言っていたことが“ノスタルジア”としてよみがえってきた瞬間であった。
地球上で起こっている様々な現象を“テレビの映像として”しか見る事ができない私達は、宇宙飛行士をうらやむ。
あの映像を見た若者がもっと宇宙を身近な憧れとしてもち続け、素晴らしい宇宙技術者として育ち限りなき夢を現実にしてほしいと思う。
何れ再放送があるかもしれないが一見に値したドキュメンタリであった。


2011年9月24日土曜日

Facebookの世界


今週はまたまた台風で痛めつけられた。
それにしても自然は容赦なく突然襲ってくるものだ。
前回も相当量の雨が降り甚大な被害があった。
今回の台風も雨被害である。
もういい加減“地球の涙”も枯れてよさそうなのに。
一方週の後半は台風一過、快晴の日が続いている。まるで洗い落とされたような澄んだ空だ。
ここ3日連続して早朝にジョギングした。風もさわやかで、セミの声もすっかりトーンダウン。わずかに山のふもとで最後の栄華を楽しんでいるようだ。
たわわに実った稲の穂、早いものでもうすぐ稲刈が始まる

今週はFacebookからバーべキューのイベントに誘われた。
“ラグビー”の林敏之氏(かっての名ラガー)の主宰するNPO法人ヒーローズ(http://www.npo-heroes.com/ )からのお誘いだった。
NPOヒーローズ主宰者林敏之氏
私がジョギングコースの一つ「服部緑地公園」が会場だったのでゆかりもあり参加させてもらった。
23日祝日の朝ジョギングしながら会場にゆき公園の洗面所で着替えるという変幻自在。たっぷり汗をかいてビールを飲むというたまらなく幸せ感に浸った。
そもそも誰も知り合いのいない集まりにこういう形で出席するというのは勇気がいる。業界の集まりとかだとまだ顔見知りもいるけれどまったくそれとは違う。でも異業種のいろいろな方にお会いし交流を暖めることが出来てよかった。
このNPOは「スポーツを通じて青少年の健全な育成を図るための支援事業」を目的としており、小学生のラグビー大会を主宰等したりしているようだ。
目立たないところでこういう活動がされていることを知り、何か協力できることがあればと思ったりする。

2011年9月17日土曜日

人の縁の大切さ

残暑というより“蒸し暑さ”が戻ってきたが、流石に朝夕にはこおろぎや鈴虫の鳴き声を聞くと気持ちが和らぐ。
家の近くの森の主人公は季節によってどんどん変わっていく。夏の初めはアブラゼミに始まり、クマゼミ、ミンミン、ツクツクボウシと移ろってゆく。そして気がついたら秋の虫“コオロギ”。
自然の中にあって私達はこうして年輪を重ねてゆくのだと実感する。
日本ではコオロギは身近な昆虫の一つで、『枕草子』の昔からその鳴き声を趣があるものと捉えていた。日本で多く聞かれるコオロギは「コロコロ…」「ヒヨヒヨ…」などと表現されるが、童謡『蟲のこえ』に登場するコオロギの鳴き声は「キリキリキリキリ」という擬態語で歌われている。きっとコオロギの種類が違うのだろう。
そういえば擬態語の表現は国によって違うようだ。犬は「ワンワン」だが英語では「Bow-wow」。鶏は「コケコッコー」だが「ock-a-doodle-doo」。カエルは「ケロケロ」だが英語では「croak」だそうだ。
同じ聴覚を持ちながらどうして国によって擬態語が違うのだろうと思ったことがある。

いよいよ秋の虫、登場”エンマコオロギ”
昨日(16日)は我々HISCO協同組合主宰のフォーラムがあった。
中小ITベンダー向けに毎回テーマを変えて開催しているのだ。
今回は8回目。Ruby言語の開発者“まつもとゆきひろ先生”の講演だった。「Ruby-最近の話題と将来展望」と題してお話いただいたが本当に飾り気のない好青年だと今更に思った。
もう一つの演題はIIJの松本光吉さんで「クラウド基盤の効用について」であった。人の縁は異なものでIIJの松本さんはHP在籍中に私の会社と縁が深かったとお聴きして今更に沢山の方との出会いが私の人生を支えてくれているのだと感じいった。
第8回IT経営改革フォーラム”熱心に聴講する参加者”

質問も飛び出し盛り上がりを見せた

フォーラムは盛会で終了後の交流会では多くの方とお話できて本当に良かったと思っている。
また“まつもとゆきひろ先生”のご協力もあって“関西の元気は日本の元気”の心意気で“Rubyビジネス推進協議会”の立ち上げも予定している。この秋にはスタートさせたいと思っているが沢山の賛同者を得てIT業界の発展の為に少しでもお役に立てればと思っている。
Ruby言語開発者”まつもとゆきひろ先生”とても好青年。

2011年9月11日日曜日

3.11から6ヶ月


今朝は服部緑地~新大阪コースを走った。
目で季節を、耳で季節を、風で季節を感じながら神崎川まできて、暫く河原を走った。河では学生のボート部が練習をしており横目で見ながら少しずつ夏景色が移っていくのが感じられた。
そういえばもうすぐススキの季節になる。河岸一面がススキの原なのだ。
昔セイタカアワダチソウが外来種として日本の全土を埋め尽くしたといっても良い時代があった。それが今では神崎川河原でも一本も見つからない。不思議だ。気になるので戻ってから調べてみるとそのとおりで現在は衰退して日本の草花が復活しているようだ。
セイタカアワダチソウは北アメリカ原産で、日本では切り花用の観賞植物として導入された帰化植物外来種)だそうだ。アメリカ軍の輸入物資に付いていた種子等が拡大起因とされている。
一時期、群生するセイタカアワダチソウはススキ等その土地に生息していた植物を駆逐し、民家が押しつぶされそうに見えるほどの勢いがあった。
しかし平成に入る頃には、派手な繁殖が少なくなりつつあり、それほど背の高くないものも多くなっている。
セイタカアワダチソウの勢いが衰えてきた土地にはススキなどの植物が再び勢力を取り戻しつつある。
やはりススキの穂が揺れる秋の光景はいいものだ。


明日(12日)は”中秋の名月”お月様にはススキがぴったり・・・

昔は群生していたが、最近は見当たらないセイタカアワダチソウ。
今日は911日。アメリカの同時多発テロから10年、311日の大震災から6ヶ月と痛ましい事件の偶然が重なっている。
9.11はテロである。許されるものではない。が一方では宗教が顔を覗かせる。過去から現代まで宗教による争いが絶えないは人類を不幸にしている。
冷戦時代はイデオロギーの戦いであったが冷戦が終わりまた宗教の争いの感がある。9.11が宗教の争いとは思いたくないがやはり宗教が前面に出ているように思えるのは私だけか。


3.11ば天災ではあるが人災でもある。
過去自然の教訓が生かされていない。というより甘く見すぎているのではないか。時間が経てば人の記憶が薄れまた同じことを繰り返すのは人間の性なのだ。
過去の経験を十二分に生かす”。これは他人事ではなく真に教訓としてとらえなければと思う。
一方、3.11が人災と思えるのは”遅遅として進まない対策”である。もう6ヶ月も経つのに何一つ国家として世界に発信する“姿勢”がない。政府が新しくなった。がまたまたゴタゴタである。もうウンザリだ。メディアも悪い。あげつらうことに終始し倒閣しようとしているのはメディアではないか。今は国が一つになって難局を乗り越えるのが一番だ。早く目覚めてほしいと思う。

2011年9月7日水曜日

“Ruby”と私


台風が居座って長い間雨の日が続く毎日だった。
奈良、三重、和歌山3県の計7地点で、72時間雨量が
1000ミリを超えた。1652ミリに達した奈良県上北山村では、年間の総雨量の6割以上が3日間で降ったことになる。
“人の涙”で言えば悲しくて悲しくて泣き崩れ、もう出る涙もない状態なのだろう。自然の猛威には人間の力が及ばないことを改めて知らされた。
雨の降り方が変わりつつある。短時間に集中して降る「ゲリラ豪雨」に加えて、台風が接近するときなどは、激しい雨が何日も同じ地域に降り続く。
経験則を超える事態が起きている。こうした気象の変化はまた何かが起こる前触れなのかと不気味な気がする。



松江からの帰路”山陰の富士”伯耆大山が美しく輝いていた。
5・6日は松江で“Ruby World Conference 2011”が開催され参加した。Rubyスクリプト言語の開発者の“まつもと ゆきひろ”氏を中心に世界各国からRuby推進者が島根県に集まった。
3月にJIS規格に登録され、ISO認定も予定しているから普及のための弾みがついたと言えそうだ。日本発のRubyが大きく世界に羽ばたいてほしいと願っている。
そんな思いがあって「Rubyビジネス推進協機会」を関西で立ち上げることにした。916日にはまつもと先生をお呼びし、大阪でフォーラムを開催する。(http://www.hisco.jp/matching
実質この時がスタートとなる。
これがきっかけになり関西の中小ITベンダーが少しでも”元気になる”導火線になればと思っている。
世界経済は爆発寸前の危機が続いていると私は思う。EU諸国・米国の債務問題。インド・中国の不気味なかげり。円高。何度も言うようだがこんな中にあって我々が“したたか”に生きてゆくには、前向きな仕組みづくりしかない。”Ruby”を仕掛けるのもその一環である。そう信じて今日も走り回ろう。

2011年9月3日土曜日

静かな朝

前のブログで動画を始めてアップしたところ、非公開になっているというお叱りを受けた。まだYou-Tubeを使いこなしていないので公開する方法がわからず四苦八苦している。もう少し待ってください。
さて早朝のクマゼミの鳴き声も少なくなり、やや秋風が近づいてきたように感じるこの頃。関西ではツクツクボウシが最盛期を迎える。
早朝に聞くことは少ないが夕暮れに多く鳴いているようだ。鳴き声の物静かさが夕暮れにぴったりのようだ。
6月の田植えから気がつけば背丈1m以上に育った稲。
永田町もやっと新しい体制がスタートした。少しは静かになってほしいと思う。じっくり腰をすえて、復旧・円高・経済対策を挙党体制で取り組んでほしい。
経済環境は予断を許さない。
ご承知のとおり欧米は急速な景気減速。
頼りのインド経済、中国経済の先行きも怪しい。特に中国については土地バブルが潜在しているから予断を許さない。
菅政権のときのように“親小沢、反小沢”などと言っている場合ではない。
挙党一致、一刻を争って手を打っていかねばならないときだ。その点野田新政権には少し期待できるかもしれない。頑張ってほしい。
我々IT業界も製造業の海外転出など受注先行きの不安が残る。
しかしどの業界でもそうだが、待っているだけでは仕事は創出されない。
積極的に仕掛けて仕事を創出してゆくことが大切である。
私が主宰しているHISCO(ハイテクノロジー・ソフトウェア開発協同組合)では、積極的に仕事を生み出すための“仕掛け”を創ろうとしている。
日本発のスクリプト言語“RUBY”を世界に広めるため、開発者の“まつもと
ゆきひろ先生”の賛同を得て、「RUBYビジネス推進協議会」を立ち上げることとした。我々中小ITベンダーがスクラムを組んで積極的にこの言語“RUBY”を活用して生産性の高いシステム作りをし、より品質が高く安いシステム作りに挑戦しようとしているのだ。
こういう動きが関西の、日本の活性化の一助になればと夢をみて飽くなきチャレンジをしてゆきたいと思う。

2011年8月26日金曜日

役者の交代

一週間ほど前、箕面の駅にツバメの群れが戻ってきた。
以前ツバメは日本に飛来中に2度巣作りをすることを紹介したが、
はて3度目の巣作りでは?とドキドキしてみていた。
一度にたくさんのツバメが戻ってきたので多分子どもも含めた二世代だろうと思える。巣の周りを飛び交う姿は朝の通勤客の目を奪うほどだ。
それから2日目の朝、バッタリいなくなった。
普通ツバメは子どもを育てて川岸に行き大群で生活する習慣がある。
越冬のたびに出る前に体力を養っているのだろう。きっと最後の名残を惜しんで、想いでつくりに巣に戻ってきて皆で河原に移っていったのだろうと思うと、また来年も場所を忘れずに戻って来いよと言いたい。
ツバメの去った後はすこし寂しい駅の風景だが、まだ暑い日が続くせいか、早朝のジョギングではクマゼミの嵐がいまだ続いている。
とは言うものの今朝あたりはさすがに劈く音ではない。秋の近づく感じだ。
・・・とクマゼミの嵐に混じって、ツクツクボウシの声が聞こえてきた。
やっぱり着実に役者が変わってゆくのだ。
時の移ろいと言うのは正にこのような瞬間だろうとおもう。
      
 
                             やっとYouTubeが使えるようになった!数週間前の花火大会

永田町も騒がしい。
私の知る人たちも忙しく動いている。なんだか政策論など微塵もない。
そもそも土日をはさんで2,3日で何が国民に伝わるのか。
実に馬鹿にした話だ。
所詮イデオロギーの世界に“一本化”と言うのは馴染まないのかも知れない。しかし同じ志を持つものの政党の中で大きな流れは一つであってほしい。
がそもそも沢山の政党から割って出た議員の寄り合い所帯である民主党ではそれも無理だろうと最近思う。
社会派活動家出身から施政家まで多様な人材の集まりでは、同じ政党に所属しながら“イデオロギー”そのものが違うのである。
それにしても国を治める度量をもって党を纏める人はいないのかと悲しい。
が世の中悲観的に見ても良くなるものではない。期待しながら心配しながら様子を見るしかないのだろう。
翌週月曜日には結果が出ている。
兎にも角にも、やっとのおもいで”役者の交代”だ。
震災復興もある、原子力問題もある、経済の活性化もある、外交問題もある。
山積する課題を確実にブルドーザ-のように解決してゆくパワフルな政府を創ってほしい。
私は祈る思いで願っている。



2011年8月20日土曜日

強力なリーダーシップが求められる国政

東京で久しぶりに旧友にあった。大手化学品メーカの副社長にまで出世した自慢の一人である。何が自慢かといえば“驕らない”“飾らない人柄”であろうか。高校時代からちっともブレルことなく変わっていない。六本木の焼き鳥屋で杯を交わしながら美味しい酒であった。やっぱり気の置けない仲間が一番だ。


                              関東ではほとんど聞けないクマゼミの喧騒。


震災という国難に際しても与野党が政争に明け暮れている。やっと居座り総理が辞任を表明したと思ったら今度は後任問題でバタバタしている。
27日に公示して29日にに投開票するという。
政治空白を短くしたいという理由は良くわかる。が3日ほどの短期間で候補者の政策が十分国民に伝わるのだろうか。民主党所属の国会議員で決めるとは言え、党代表は首相でもある。候補者の力量・理念・政策について国民はほとんど知らされていない。この国難に立ち向かうリーダーを選ぶために、国民にわかりやすく候補者の公約を確かめあい、公開討論をもって我々に明らかにしてほしい。そのためには政争に明け暮れることをやめ拙速にリーダーを選ぶべきではないと思うがいかがだろうか。せめて一週間でも議論が必要であるとおもう。今までいたずらに居座り続けた空白の時間に比べれば一週間は国民の納得の範囲だと思う。今度こそ震災復興に全力投球できる政治体制を心から願うものである。
慢性的な円高による国内企業の海外生産拠点化、アメリカのドル失墜、欧州の債務超過問題、これらが日本経済に大きく影を落とすことは明白である。この時期経済対策も欠かせない。
彷徨える日本を救えるリーダーシップの枯渇。どうか与野党一致して国を引っ張っていける強力なリーダーを選んでほしいと切に思う。

2011年8月19日金曜日

もとの職場が戻ってきた

夏休みを纏めてとることはなかったが、世の中休日ムードで、電車は空いているしお客様は休まれている場合が多く、気持ちは十分リラックスできた。
朝もジョギングしてから出勤することが多かった。お陰で体中日焼けして真っ黒だ。お盆明け早速16日から客先での打ち合わせがあったが、“よく焼けましたね、ゴルフですか?”には“いやお金のかからないスポーツですよ”と軽く流している。“ジョギングですよ”って言うといやいや無理なさらないほうが・・・・といわれるのが”おち”である。正直無理するでもなく一人で自分のペースで走ったり歩いたり、時の移ろいを楽しんでいるのである。そういえば今日あたりセミの嵐がすこし弱くなってきたように思う。我々は毎日節電節電で暑いイメージしかないが小動物は見えない秋の気配を鋭く感じているのかもしれない。
さあまた仕事に精出そう。
身近なスズメも人との共生が上手?
先日の朝日新聞に『すり寄りスズメの謎』という記事があって、興味深く読んだ。人の手からエサを食べたり、近くに寄ってきてエサを催促したり。人になれているスズメの群れが全国で見つかっているという。多くの都道府県で同様の現象が見られているそうだ。
日本のスズメは欧州などと違い、人が近寄るとすぐ見逃げるのが普通だと思っている。私の小さいころもスズメは身近にいながら、近くまで来るが逃げてしまいザルを逆さにし糸のついた棒を立てて中に餌の米をばら撒きスズメがきたら糸を引っ張り捕獲して遊んだ覚えがある。古くから童話にも出てくるほど身近である。それでもスズメは人と一定の距離を置いていたのである。
そのスズメが公園などの人の集まるところで食べ物を求めて手に何羽もの群がる姿が報告がされているという。専門家によると若いスズメは警戒心が弱い。餌をやる人が増えたことから手に止まって餌をつむぐ鳥も増えたのだろうという。人と一定の距離をとっていたスズメも人との共存を模索しているのかもしれない。人との距離を保ちながら、離れてしまわない近い距離で生活している生き物はたくさんいる。が愛らしい身近なスズメが人への警戒心をなくして人に近寄る姿を進化と呼ぶか、退化なのか私にはわからないがとても嬉しいことではないかと思うが・・・・。



2011年8月14日日曜日

お盆やすみ

昨夜は愛犬“らん”と早くから眠りについた。老犬になりよく寝るようになった。朝方少々騒いでも起きない。
早朝から体を刺す暑さだが、いつもの通りジョギングに出かけた。
相変わらずセミの鳴き声が嵐のように降り注ぐ。
2時間くらいで切り上げたが道中たっぷり2ℓ以上の水を飲んだだろう。
多分水は体の中に留まる間もなく流れ出たように汗が湧き出していた。
戻ってから水風呂に入って体を冷やすときが最高の気分だ。
これからジムに行って、のんびりと、ゆっくりと時を過ごすことにする。


前回のブログから、一週間が経った。バタバタとしているのは私だけだろうか。
世の中お盆休みで帰省したりする家庭が多いが我が家には誰も戻ってこない。それぞれ若い娘達は独身を謳歌、忙しいのだろう。
“便りがないのは元気な証拠”。妻が里に帰っているその間私は仕事の構想を練ることにしている。
10月になれば会社はまた新しい期を迎える。こうして30年が過ぎたのだ。
30年は長いようで短い。その間経済の波はこれでもかと襲ってくる。
一時も休む間がなかった。常に先を見ながら舵取りを間違わないようにしなければならない。会社が、社員が安心して生活してゆける基盤づくりとそれを継承してゆく体制を早く創らねばならない。
グループ会社を入れると170名余りになる。3人家族とすれば500人もの家族が、“同じ釜の飯”を食べているのだ。安心して生活できる基盤は皆で力を合わせなければ出来ないことであり、社員それぞれの想いと会社の方向性が一致し“明るく”“楽しく”切磋琢磨してゆく環境づくりが大切なのだ。
満30年を迎える来年は“第2創業”として相応しい礎を創ってゆきたいと思う。
そういう意味でこの“お盆休み”は私にとってはゆっくり考える絶好の機会なのだ。

2011年8月6日土曜日

多重苦の日本経済

今週火曜日は飲みすぎた。飲みすぎても良い酒は残らないのだが、悪酔いしたようだ。折角の快晴の早朝だが、体が動かずジョギング中止。そういう日もあるさ。
そういう日は朝出勤してもなんとなくリズムに乗れない。朝軽い運動をするのとしないのとこんなに違うものだ。後半は出張が続き朝走れなかったので今朝久しぶりに仕事前に1時間くらい走った。玉のような汗が流れた。


日本をここまで落とし込んでいるのはなんだろう。
円が高騰している。アメリカが債務超過になる危険性は暫く回避できたがそれでも円が買われている。欧州の財政債務問題もあり、それらが円高基調の続く原因とされている。2007年6月から現在まで約4年間続いている米ドル安・円高トレンドに変化はない。
甚大な被害を出した東日本大震災、収束のめどが立たない原発事故は明らかな円安材料なのに、なぜ円安に進まないのかと多くの人が疑問に思っていることだろう。
一体どうなってゆくのか。今の国内経済は3.11以来先行き不透明なまま推移している。震災の影響が重くのしかかる日本経済にあって円高はありえないと思うのだが、まさに泣きっ面に蜂だ。政府の介入があり一旦は80円台まで戻したかのように見えたがまた高騰している。爆弾を抱えたまま我国経済は何処に進むのだろうと不安になる。
政府日銀介入ももっと早くやるべきだったし、国内政治の混乱は収まらず国際社会からは冷ややかに見られ、日米・日韓・日朝等外交懸案は遅遅として進まない。見透かされた韓国からは国会議員の入国を拒否されている。尋常ではない。ないないづくしの“多重苦”なのだ。”何とかしてくれ~”という悲鳴が聞こえてくる。
もう一つ円高の背景に”中国の円買い”といわれている。
欧州の財政不安の強まり、米国の景気や財政への懸念などでリスク回避マネーが円に流入して円高を形成していることは確かに大きな背景だが円高の主な原因の一つに”中国の存在”があるというのだ。
本来ならば日本から資金が逃げ出してもおかしくなく円安方向に力が働いている状況にある。
ところが、そうした円売りをすべて吸収しているのが”中国の円買い”といわれている。米ドル一辺倒で外貨準備を続けてきた中国がリスクを避けるため日本円を買い続けているのだ。中国は日本株と日本国債も買っており、保有残高は着実に増えているという。”共産国中国”の介入は不気味な気がするが、その心配は私の勉強不足の為であればいいのだが・・・。